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伝説の剣豪・剣士・剣の達人を紹介【仏生寺弥助】日本最強は誰?流派は?

投稿日:2018年5月8日 更新日:

はじめに

この記事ではシリーズで伝説の剣豪・剣士・剣の達人を紹介しています。日本の歴史上の中で侍、武士が数多く名を残してきましたが、今回紹介する伝説の剣豪・剣士・剣の達人は【仏生寺弥助】です。【仏生寺弥助】は知る人ぞ知る幕末に生きた天才剣士、アホだけど底なしの強さを持った伝説の剣豪です。これまで幕末のたくさんの剣豪を紹介していますが、私はこの【仏生寺弥助】が特別に好きなので、とにかくこのアホ天才剣士を知って欲しいと思い少々長い記事になっています。それでは、おそらく幕末最強の剣豪であろう【仏生寺弥助】について紹介します。

 

出典:http://auction.ba9ma2.com/

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仏生寺弥助 

名前:仏生寺弥助、仏生寺虎正

流派:神道無念流、円命流、仏生寺流

出身:越中国?

年代:江戸時代末期(1830~1863)

剣豪・仏生寺弥助誕生

仏生寺弥助は越中国の漁村に生まれたとされています。本名は吉村豊次郎。

15~16歳ぐらいに江戸へ出て「神道無念流」の剣術道場・練兵館の風呂焚きの仕事に就きましたが、弥助は暇があれば道場を覗き、稽古の様子を熱心に見ていました。

その姿を日々見ていた練兵館の隠居先生・岡田利貞が「お前はいつも道場を覗きに参るが、剣術が好きか」と聞くと、弥助は「竹内の音を聞くと、じっとしておられません」と答えました。

このため岡田利貞は道場主・斎藤弥九郎の許しを得て、弥助に剣術を教えてやることにしました。

すると弥助は剣の才能は一気に開花し、岡田利貞は「これまでに教えた奴でもここまでの者はいなかった」と驚き、すぐに仕事をやめさせてあらゆる限りの剣技を教えることにします。

そして弥助は初心者ながら練達者を打ち負かすほどの腕前となり、普通は7~8年かかるところを2年余りで免許皆伝を受け、故郷の仇生寺村にちなんで『仏生寺弥助』と名乗るようになりました。

このとき弥助は18歳、斎藤弥九郎の長男・新太郎21歳、三男・歓之助は16歳でした。

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仏生寺弥助の実力

仏生寺弥助の構えは左上段だけでしたが、速さと変化の多彩さはずば抜けていて、先に「面を打つ」と予告しても誰も防ぐ事が出来なかったといいます。

また、弥助は普通の体格でありながら巨漢を相手にしてもひけを取らず、これまた予告後に上段前蹴りを繰り出しても必ず当たったといいます。

才覚を認めていた斎藤弥九郎は、弥助を塾頭にしようと勉学をすすめていましたが、もともと無学な上にいいかげんな性格のため、平仮名さえ満足に覚えられず、自分の名前さえ書けないままでした。

しかし、その後も弥助の剣術は磨かれ続け、実力は新太郎歓之助兄弟を遥かにしのぐとの噂まで立ち、周囲からは『斎藤塾の閻魔鬼神』とまで呼ばれるようになります。

粗暴な性格の弥助でしたが、一方では大恩ある斎藤弥九郎の息子たちには一歩譲って試合では勝とうとしなかったといいます。

しかし、弥助の剣を見出した岡田利貞は、弥助の腕が兄弟を上回っていることを見抜いていました。

 

出典:http://auction.ba9ma2.com/

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高杉晋作との試合

塾頭になれなかったのがイヤになったのか、勉学を勧められるのがイヤになったのか分かりませんが、やがて仏生寺弥助は突如として練兵館を飛び出します。

その後は、ヤクザの用心棒をやったり、勤王志士の仲間になったりと適当な生活を送っていましたが、気が向いたときには練兵館にフラッと現れることもありました。

同じ斎藤門下の長州藩士・高杉晋作は、道場では弥助と会ったことはありませんでしたが、その名前だけは聞いていました。

ある時、高杉晋作は剣術修行で諸国を廻っていると、信州松代でたまたま弥助に出会いました。

弥助の強さに興味があった高杉晋作は、すぐに試合をしてみましたが結果は弥助の圧勝。

のちに高杉晋作は「全く歯が立たなかった」と悔しそうに同志に語っています。

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練兵館の救世主・仏生寺弥助①

練兵館を岡田利貞や斎藤兄弟が留守にしていたある日のこと、凄腕の道場破りがやってきます。

道場破りは長竹刀で有名な大石進の弟子で、名を『斎藤清一郎』と名乗り、高弟たちを全て一撃で打ち破っていきます。

この練兵館の創設以来の危機にひょっこり現れたのが、ボロボロの服を身にまとった仏生寺弥助。

話を聞いた弥助は「どれどれ、俺が相手してやるよ。道具貸して」と言うなり、道場に出ます。

十本勝負で行われた試合は、弥助が左上段の速攻でまず一本。

そして弥助は「さ、二本目いくぞ。面な」と言うなり、二本目も構えを変えずに強烈な一撃をくらわせます。

斎藤清一郎も何とか対応しようと構えや間合いを変化させますが、弥助は左上段の構えを変えようともせず、立て続けに十本の面を決めました。

「なんだ・・・こんなもんか、話にならんわ」

外出から戻り、試合を途中から見ていた岡田利貞は、弥助のことを「鉄の草鞋で日本国中探しても二人といないだろう」と言ったといいます。

 

出典:https://www.e-hon.ne.jp/

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練兵館の救世主・仏生寺弥助②

幕末には長州岩国に宇野金太郎という男がいました。

宇野金太郎の強さと性格の悪さは有名で、誰もがその道場を避けて通ったという剣豪でした。

以前、江戸からの修行帰りの桂小五郎が挑んだときも、強烈な小手で打ち込んで試合続行不可能にさせています。

ある時、この宇野金太郎は肥前大村藩で剣術師範を務めていた『鬼歓』の異名を持つ斎藤弥九郎の三男・歓之助を打ち負かしました。

この敗北に歓之助は練兵館のメンツが潰れることを恐れ、すぐに江戸の岡田利貞に手紙を出しました。

内容は『宇野金太郎に雪辱を果たしたいため、弥助に来て欲しい』というもの。

剣術師範としての面目を保つため、プライドを捨てて歓之助は弥助の援助を請うたのです。

歓之助の手紙の内容を聞かされると、弥助はすぐに出立して歓之助と合流し、九州地方の回遊修行を終えていた宇野金太郎の道場へ向かいました。

そして道場に着いた歓之助はまず「この前はお見苦しい試合をしてしまい、申し訳なかった」と宇野金太郎に詫びを入れました。

すると宇野金太郎はうなずき「良い心掛けである。何度でも試合に応じても良いぞ」と小バカにしたように答え、後ろにいる弥助のことなど全く気にしていない様子。

怒りを抑えつつ歓之助は「では、江戸の練兵館を代表してこの仏生寺弥助がお相手致します」と弥助を紹介しました。

普段は礼儀知らずな弥助も、この時ばかりは手をついて挨拶したといいます。

そして宇野金太郎は「やれやれ」と言わんばかりに了承し、十本勝負で試合することとなりました。

やがて試合が始まると、いきなり弥助は大胆に左上段の構えをみせて宇野金太郎を驚かせます。

上段の構えは『守り』を捨てた『攻め』重視の構えであるため、普通は自分よりも熟練している者にとるべき構えではありません。

「こいつ何だ?バカか?」

カチンときた宇野金太郎は一気に間合いを詰めようとしましたが、その瞬間、稲妻ような強烈な衝撃が頭に走りました。

「!?・・・なんだ?・・・今のは?・・・」

宇野金太郎には弥助の剣が全く見えていませんでした。

歓之助の弟子と思われるクソ剣士ごときに、なぜ打たれたのか?と動転する宇野金太郎

構えを変えて「次は決める」と意気込みますが、弥助の容赦ない剣は立て続けに宇野金太郎の面を三本打ちました。

「面がくる」と分かっていても防ぐことができず、混乱した宇野金太郎はスッカリ戦意を喪失。

続く四本目の勝負を辞退するしかなく、試合は弥助の完全勝利に終わりました。

そして歓之助はすかさず、無言で落ち込んでいる宇野金太郎に試合を申し込みます。

さすがの宇野金太郎も辞退しようとしましたが、歓之助はこれを許さず、無理矢理に試合をさせて勝利を得ることができました。

 

出典:https://www.suruga-ya.jp/

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稀代の剣豪・仏生寺弥助の最期

その後の仏生寺弥助は相変わらず、いかがわしい暮らしを重ねて諸国を放浪していたといわれます。

また、弥助は長州浪士隊に加わり、尊王攘夷志士として活動しながらも、敵対する新選組の局長・芹沢鴨とも親密な関係にあったようです。

この芹沢鴨も相当に腕の立つ剣豪でしたが、弥助には頭が上がらなかったといいます。

やがて弥助は新選組に鞍替えしようとしたところ、長州藩と関わりの深い錬兵館の元仲間たちに誘われ、酔わされたのちに殺されました。

一説には、弥助が長州藩に加わった際、京都松原通りの大丸に借金を強要した上でその金を遊行費に使ってしまったため、長州藩が三百両を返済。

弥助が五条河原で泥酔しているところを、長州藩の命を受けた斎藤弥九郎の長男・新太郎が斬ったともいわれています。享年33。

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おわりに

どうですか?アホ天才剣士・仏生寺弥助。とにかく強い!「天は二物を与えず」と言いますが、仏生寺弥助は正にその通り剣だけしかない正真正銘の「剣豪」。勉強しないわ、勝手にどっかに行っちゃうわ、悪い奴らとつるむわ、ホントどうしようもない奴ですが、危ない時にはなぜかフラッと現れて敵を叩きののめす。もはや漫画の世界ですww

しかし、師匠や息子さん達には恩を忘れないカワイイ一面を持ち、どうしても憎めない仏生寺弥助。きっと、斎藤弥九郎先生も岡田利貞先生も、そんな感情で仏生寺弥助を見ていたことでしょう。

適当な性格は最後まで治らず、最終的には練兵館に見放されて剣豪としては冴えない最期となってしまいますが、それもまた「らしい」と言えば「らしい」。でもね、私が勝手に仏生寺弥助の最期を脚色するなら、こうします。少しお付き合い下さい。

 

仏生寺弥助は自分が斬られると知っていて、わざと酒宴に参加し、酔っぱらった。

シラフでは誰も自分には勝てないことを弥助は知っていたから。弥助もさすがに同じ道場で汗を流した者と斬り合いたくはなかったから。

そして、覚悟を決めた弥助は兄のように慕っていた斎藤新太郎に向かって言うんです。

「新ちゃん、俺はあんたなら斬られてもいいぜ。」

思いがけない弥助の一言に新太郎も情が溢れます。

「弥助、逃げろ。俺は斬りたくない。」

しかし、弥助はその場を動こうともしません。

「無理だ・・・・飲みすぎた。歩けねぇよ・・・・・新ちゃん・・・・・練兵館と長州藩はもはや一心同体だろ?・・・・練兵館の代表のあんたがやらなくてどうすんだよ・・・・やんなよ。新ちゃん・・・・俺は最後の相手が新ちゃんで嬉しいんだ・・・・俺は今、酔ってるぜ。さぁ」

弥助の言葉を聞いて涙を流す新太郎

「バカだなぁ。新ちゃんは・・・泣いてちゃ斬れねぇだろ?」

そういう弥助の頬にも大粒の涙が流れていた。

いや、新太郎と弥助だけじゃなく、その場にいた練兵館の門人全員が涙を流していた。

「弥助・・・バカはお前じゃねぇかよ・・・こんなことさせやがって・・・ありがとな・・・」

新太郎は意を決して刀を振り下ろした。

弥助は薄れゆく意識の中、斎藤兄弟と一緒に稽古した少年時代を思い出して笑っていた―。

 

 

数多くの剣豪、有名な維新志士を輩出した幕末において、こんなアホでカワイイ天才剣士がいたっていいじゃないですか。

私は「幕末の剣豪で誰が一番強い?」と聞かれたら、まずは「仏生寺弥助」と答えるようにしています。

誰か「仏生寺弥助」を主人公に漫画描いてくれないかな~

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剣豪名をクリックすると個別の剣豪紹介記事が見れます↓

時代 剣豪名 流派
平安 鬼一 法眼 京八流
源 判官 義経 太刀の術
室町 念阿弥 慈恩(相馬 義元) 念流
中条 兵庫頭 長秀 中条流
飯篠 長威斎 家直 天真正伝香取神道流
松本 備前守 政信 鹿島神流
愛洲 移香斎 久忠 陰流
戦国 塚原 卜伝 高幹 鹿島新當流
山本 勘助 晴幸 京流
竹内 中務大夫 久盛 竹内流
上泉 伊勢守 信綱 新陰流
宝蔵院 胤栄 宝蔵院流
富田 五郎左衛門 勢源 富田流
奥山 休賀斎 公重 神影流
柳生 石舟斎 宗厳 柳生新陰流
北畠 具教 鹿島新當流
師岡 一羽 常成 一羽流
足利 義輝 鹿島新當流・新陰流
疋田 豊五郎 景兼 疋田陰流
丸目 蔵人 長恵 タイ捨流
林崎 甚助 重信 神夢想林崎流
根岸 兎角(信太 朝勝) 微塵流
伊藤 一刀斎 景久 一刀流
斎藤 伝鬼坊 勝秀 天流
真壁 暗夜軒 氏幹 霞流
富田 越後守 重政 富田流
樋口 又七郎 定次 馬庭念流
吉岡 憲法 直綱 吉岡流
江戸 東郷 重位 示現流
小野 忠明(神子上 典膳) 小野派一刀流
小笠原 源信斎 長治 真新陰流
柳生 但馬守 宗矩 柳生新陰流
片山 伯耆守 久安 片山伯耆流
鐘捲 自斎 通家 鐘捲流
柳生 兵庫助 利厳 柳生新陰流
松山 主水 大吉 二階堂平法
夢想 権之助(山本 勝吉) 神道夢想流
小栗 仁右衛門 正信 小栗流
宮本 武蔵 玄信 二天一流
高田 又兵衛 吉次 宝蔵院流
神谷 伝心斎 直光 直心流
針ヶ谷 夕雲 正成 無住心剣流
上泉 義胤(上泉 秀信) 民弥流
松林 蝙也斎 永吉 夢想願流
田宮 平兵衛 重正 田宮流
荒木 又右衛門 保知 柳生新陰流
佐々木 巌流 小次郎 巌流
伊藤 典膳 忠也 忠也派一刀流
柳生 十兵衛 三厳 柳生新陰流
薬丸 兼陳 薬丸自顕流
柳生 連也斎 厳包 柳生新陰流
関口 八郎左衛門 氏業 関口流
高田 三之丞 為長 柳生新陰流
伊庭 是水軒 秀明 心形刀流
今枝 佐仲 良台 初實剣理方一流
辻 月丹 資茂 無外流
高木 馬之輔 重貞 高木流
真里谷 円四郎 義旭 無住心剣流
堀部 安兵衛 武庸 馬庭念流
樋口 十郎兵衛 定暠 馬庭念流
楳本 法神 政武 法神流
寺田 五右衛門 宗有 天真一刀流
戸賀崎 熊太郎 暉芳 神道無念流
近藤 内蔵之助 長裕 天然理心流
平山 行蔵 講武実用流
岡田 十松 吉利 神道無念流
岡田 惣右衛門 寄良 柳剛流
浅利 又七郎 義信 中西派一刀流
白井 亨 義兼 天真一刀流
中西 忠兵衛 子正 中西派一刀流
千葉 周作 成政 北辰一刀流
大石 進 種次 大石新陰流
男谷 精一郎 信友 直心影流
高柳 又四郎 義正 中西派一刀流
伊庭 軍兵衛 秀業 心形刀流
幕末 斎藤 弥九郎 善道 神道無念流
大川 平兵衛 英勝 神道無念流
加藤田 平八郎 重秀 加藤田新陰流
遠藤 五平太 正贇 中西派一刀流
島田 虎之助 直親 直心影流
逸見 小源太 長英 甲源一刀流
橘 内蔵介 正以 柳剛流
浅利 又七郎 義明 中西派一刀流
勝 海舟 安邦 直心影流
桃井 春蔵 直正 鏡新明智流
大山 格之助 綱良 薬丸自顕流
宇野 金太郎 重義 片山伯耆流
斎藤 新太郎 龍善 神道無念流
清河 八郎 正明 北辰一刀流
黒河内 伝五郎 兼規 神夢想一刀流
仏生寺 弥助 神道無念流
上田 馬之助 美忠 鏡新明智流
高杉 晋作 春風 神道無念流・柳生新陰流
桂 小五郎(木戸 孝允) 神道無念流
佐々木 只三郎 泰昌 神道精武流
斎藤 歓之助 歓道 神道無念流
千葉 栄次郎 成之 北辰一刀流
河上 彦斎 玄明 我流
近藤 勇 昌宜 天然理心流
坂本 龍馬 直柔 北辰一刀流
高橋 泥舟(高橋 伊勢守) 自得院流
土方 歳三 義豊 天然理心流
沖田 総司 房良 天然理心流
永倉 新八(長倉 載之) 神道無念流
伊庭 八郎 秀穎 心形刀流
斎藤 一(藤田 五郎) 無外流
岡田 以蔵 宜振 鏡新明智流
中村 半次郎(桐野 利秋) 薬丸自顕流
明治 山岡 鉄舟 高歩 一刀正伝無刀流
榊原 鍵吉 友善 直心影流
松崎 浪四郎 直之 加藤田新陰流
渡辺 昇 武常 神道無念流
奥村 左近太 奥村二刀流・直心影流
得能 関四郎 通久 直心影流
牟田 文之助 高惇 鉄人流
根岸 信五郎 資剛 神道無念流
門奈 正 水府流・北辰一刀流
高山 峰三郎 直心影流
逸見 宗助 立身流
高橋 赳太郎 高運 無外流
本間 三郎 本間念流
川崎 善三郎 重徳 無外流
高野 佐三郎 豊正 中西派一刀流
内藤 高治 北辰一刀流
山田 次朗吉 鹿島神傳直心影流
中山 博道 神道無念流

 

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