はじめに
この記事ではシリーズ化して伝説の剣豪・剣士・剣の達人を紹介しています。日本の歴史上の中で侍、武士が数多く名を残してきましたが、今回紹介する伝説の剣豪・剣士・剣の達人は天真正伝香取神道流の【飯篠家直】です。【飯篠家直】は無益な殺生を諫めた剣豪であり、数々の有名剣豪を育てた諸流派の祖でもあります。それでは【飯篠家直】について流派や出身地も含め簡単に説明していきます。
飯篠家直
名前:飯篠家直、飯篠長威斎
流派:天真正伝香取神道流
出身:下総国
年代:室町時代中期(1387~1489)
天真正伝 香取神道流の祖
飯篠長威斎家直は、元中4年(1387)下総国飯笹村の郷士に家に生まれました。
幼少より刀槍の技に優れていた家直は、主君の千葉家に仕えて多くの合戦に参戦しましたが、一度も敗れたことがなかったと伝えられています。
後に千葉氏の内紛によって主君が討たれると、家直は一族郎党を解雇して香取神宮の奥の宮に近い梅木山に籠りました。
この時、家直はすでに60歳を超えていました。
戦乱の中で生きることの無情を感じていた家直は、武神・経津主大神を祀る香取神宮に千日千夜の大願を行って修行に没頭。
そして修行の末に、梅の古木の上において「汝、後に天下剣客の師とならん」という香取大神の神示と兵法神書一巻を授けられたと伝えられています。
以後、この兵法を経津主大神の真伝を以って『天真正(香取大神のこと)伝』を冠し、「香取神道流」を名乗ることになりました。
殺人の技でもある武術を伝えながら、神道流が最も強く教えているのは『不殺の思想』です。
香取神道流目録の巻頭書には「兵法は平法なり、男子為る者、平法を知らずしてあるべからず」とあり、いたずらに武技を用いて人を傷つけるのではなく、戦わずに目的を達成することが真の勝利であると伝えています。
また家直は「熊笹の教え」というものも伝えています。
これは他流試合を申し込まれた場合、熊笹の上に座って「どうぞ」と誘い、相手の意欲を無くさせて戦わずして感服させるというもの。
このため「香取神道流」の修行者には刃傷沙汰で命を失ったものはほとんどいなかったといわれています。
家直は「鹿島神流」の松本備前守政信、「鹿島新當流」の塚原卜伝親子、「一羽流」の師岡一羽常成などの高弟を育てたと伝えられており、「香取神道流」は剣術、槍術、薙刀術において後世に隆盛する諸流派の代表格にもなりました。
おわりに
香取神宮の知名度も得て香取神道流が栄え、諸流派に多大な影響を与えたことは間違いありませんが、飯篠家直はきっと人間的にもとても優れた人物で教え方も上手だったんでしょう。
さらに長生きできたことによって多くの弟子を育てることができたのだと思います。「兵法は平法なり」を自ら示した見事な剣豪です。
平法とは中条長秀が伝えてくれてます↓
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