伝説の剣豪・剣士・剣の達人を紹介【疋田豊五郎】日本最強は誰?流派は?

      2019/12/19

はじめに

この記事ではシリーズで伝説の剣豪・剣士・剣の達人を紹介しています。日本の歴史上の中で侍、武士が数多く名を残してきましたが、今回紹介する伝説の剣豪・剣士・剣の達人は【疋田豊五郎】です。【疋田豊五郎】は「剣聖」として名高い上泉伊勢守信綱の甥っ子で、のちに自分の流派を打ち立てた伝説の剣豪です。それでは【疋田豊五郎】について流派や出身地も含め簡単に説明していきます。

 

出典:https://www.instagram.com/

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疋田豊五郎 

名前:疋田豊五郎景兼

流派:疋田陰流

出身:加賀国

年代:戦国時代~江戸時代初期(1537~1606)

上泉伊勢守の甥っ子

疋田豊五郎は加賀国石川郡の疋田主膳景範の次男として生まれました。

母が新陰流創始者・上泉伊勢守信綱の姉であり、信綱とは叔父、甥の関係だったといわれています。

豊五郎は上泉門下の古参として神後伊豆と双璧を成す高弟となり、上野国箕輪城の落城後に信綱が武田信玄の誘いを断って修行の旅に出かけた時も同行しています。

そして信綱が各国で試合を行う際は、常にこの豊五郎が真っ先に立ち会っていました。

豊五郎は立会いの時はいつも「その構えは悪しうござる」と声をかけてから打ち込んでいたといいます。

 

出典:http://nyoronyoroseed.blog.fc2.com/

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匹夫の剣

信綱と共に訪れた大和国柳生の里では、当時『畿内随一』との評判が高かった柳生宗厳から試合を挑まれ、豊五郎も立ち合って散々に討ち負かしました。

この敗北で宗厳は己の未熟さを悟り、即座に信綱に弟子入りすることになります。

一方、豊五郎は「これからは一人で諸国を巡り、自らの兵法を打ち立てよ」と信綱から進言され、その後は単身修行の旅に出ることになりました。

 

その後、「疋田流」の名をひっさげて諸国を廻るうち、豊五郎は時の関白・豊臣秀次の下で剣術指南をすることになります。

この時、秀次のもとには富田政景門下の「富田流」長谷川六左衛門宗喜がいました。

秀次は二人の立ち会いが見たいと所望しましたが、豊五郎はこの提案を断り試合には応じませんでした。

様子を見ていた近習の者達は、豊五郎のことを卑怯だと噂し合いましたが、当の豊五郎は「卑怯というならば、それでもよい。龍虎が相討つときは、必ず一方が傷つくもの。剣術は遊びでなく、軽々しく命を懸けて試合するわけにはいかない。」と全く気にもかけなかったといいます。

 

晩年、豊五郎は細川藩に仕え、自らの修行の集大成として『廻国記』を著して細川藤孝(幽斎)に上程。

自らは『栖雲斎』と号して大坂城に移り、しばらくして亡くなったといいます。

また、豊五郎は徳川家康の前でも演武しましたが、家康はその剣技を『匹夫の剣』と評して入門せず、柳生石舟斎に入門したという話もありますが、これは柳生家を持ち上げるために創作されたものとも言われています。

 

出典:https://sites.google.com/

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おわりに

自分の評価など気にせず、簡単に立ち合いに応じない姿は、さすが剣聖・上泉伊勢守信綱の一番弟子。

疋田豊五郎にとっては、「○○より強い」とか『天下一の兵法』とかいう安っぽい肩書なんて全く興味なかったんでしょう。

己の剣の探求のみに生きる疋田豊五郎のような人物を、本当の剣豪と呼ぶのかもしれません。

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剣豪名をクリックすると個別の剣豪紹介記事が見れます↓

時代 剣豪名 流派
平安 鬼一 法眼 京八流
源 判官 義経 太刀の術
室町 念阿弥 慈恩(相馬 義元) 念流
中条 兵庫頭 長秀 中条流
飯篠 長威斎 家直 天真正伝香取神道流
松本 備前守 政信 鹿島神流
愛洲 移香斎 久忠 陰流
戦国 塚原 卜伝 高幹 鹿島新當流
山本 勘助 晴幸 京流
竹内 中務大夫 久盛 竹内流
上泉 伊勢守 信綱 新陰流
宝蔵院 胤栄 宝蔵院流
富田 五郎左衛門 勢源 富田流
奥山 休賀斎 公重 神影流
柳生 石舟斎 宗厳 柳生新陰流
北畠 具教 鹿島新當流
師岡 一羽 常成 一羽流
足利 義輝 鹿島新當流・新陰流
疋田 豊五郎 景兼 疋田陰流
丸目 蔵人 長恵 タイ捨流
林崎 甚助 重信 神夢想林崎流
根岸 兎角(信太 朝勝) 微塵流
伊藤 一刀斎 景久 一刀流
斎藤 伝鬼坊 勝秀 天流
真壁 暗夜軒 氏幹 霞流
富田 越後守 重政 富田流
樋口 又七郎 定次 馬庭念流
吉岡 憲法 直綱 吉岡流
江戸 東郷 重位 示現流
小野 忠明(神子上 典膳) 小野派一刀流
小笠原 源信斎 長治 真新陰流
柳生 但馬守 宗矩 柳生新陰流
片山 伯耆守 久安 片山伯耆流
鐘捲 自斎 通家 鐘捲流
柳生 兵庫助 利厳 柳生新陰流
松山 主水 大吉 二階堂平法
夢想 権之助(山本 勝吉) 神道夢想流
小栗 仁右衛門 正信 小栗流
宮本 武蔵 玄信 二天一流
高田 又兵衛 吉次 宝蔵院流
神谷 伝心斎 直光 直心流
針ヶ谷 夕雲 正成 無住心剣流
上泉 義胤(上泉 秀信) 民弥流
松林 蝙也斎 永吉 夢想願流
田宮 平兵衛 重正 田宮流
荒木 又右衛門 保知 柳生新陰流
佐々木 巌流 小次郎 巌流
伊藤 典膳 忠也 忠也派一刀流
柳生 十兵衛 三厳 柳生新陰流
薬丸 兼陳 薬丸自顕流
柳生 連也斎 厳包 柳生新陰流
関口 八郎左衛門 氏業 関口流
高田 三之丞 為長 柳生新陰流
伊庭 是水軒 秀明 心形刀流
今枝 佐仲 良台 初實剣理方一流
辻 月丹 資茂 無外流
高木 馬之輔 重貞 高木流
真里谷 円四郎 義旭 無住心剣流
堀部 安兵衛 武庸 馬庭念流
樋口 十郎兵衛 定暠 馬庭念流
楳本 法神 政武 法神流
寺田 五右衛門 宗有 天真一刀流
戸賀崎 熊太郎 暉芳 神道無念流
近藤 内蔵之助 長裕 天然理心流
平山 行蔵 講武実用流
岡田 十松 吉利 神道無念流
岡田 惣右衛門 寄良 柳剛流
浅利 又七郎 義信 中西派一刀流
白井 亨 義兼 天真一刀流
中西 忠兵衛 子正 中西派一刀流
千葉 周作 成政 北辰一刀流
大石 進 種次 大石新陰流
男谷 精一郎 信友 直心影流
高柳 又四郎 義正 中西派一刀流
伊庭 軍兵衛 秀業 心形刀流
幕末 斎藤 弥九郎 善道 神道無念流
大川 平兵衛 英勝 神道無念流
加藤田 平八郎 重秀 加藤田新陰流
遠藤 五平太 正贇 中西派一刀流
島田 虎之助 直親 直心影流
逸見 小源太 長英 甲源一刀流
橘 内蔵介 正以 柳剛流
浅利 又七郎 義明 中西派一刀流
勝 海舟 安邦 直心影流
桃井 春蔵 直正 鏡新明智流
大山 格之助 綱良 薬丸自顕流
宇野 金太郎 重義 片山伯耆流
斎藤 新太郎 龍善 神道無念流
清河 八郎 正明 北辰一刀流
黒河内 伝五郎 兼規 神夢想一刀流
仏生寺 弥助 神道無念流
上田 馬之助 美忠 鏡新明智流
高杉 晋作 春風 神道無念流・柳生新陰流
桂 小五郎(木戸 孝允) 神道無念流
佐々木 只三郎 泰昌 神道精武流
斎藤 歓之助 歓道 神道無念流
千葉 栄次郎 成之 北辰一刀流
河上 彦斎 玄明 我流
近藤 勇 昌宜 天然理心流
坂本 龍馬 直柔 北辰一刀流
高橋 泥舟(高橋 伊勢守) 自得院流
土方 歳三 義豊 天然理心流
沖田 総司 房良 天然理心流
永倉 新八(長倉 載之) 神道無念流
伊庭 八郎 秀穎 心形刀流
斎藤 一(藤田 五郎) 無外流
岡田 以蔵 宜振 鏡新明智流
中村 半次郎(桐野 利秋) 薬丸自顕流
明治 山岡 鉄舟 高歩 一刀正伝無刀流
榊原 鍵吉 友善 直心影流
松崎 浪四郎 直之 加藤田新陰流
渡辺 昇 武常 神道無念流
奥村 左近太 奥村二刀流・直心影流
得能 関四郎 通久 直心影流
牟田 文之助 高惇 鉄人流
根岸 信五郎 資剛 神道無念流
門奈 正 水府流・北辰一刀流
高山 峰三郎 直心影流
逸見 宗助 立身流
高橋 赳太郎 高運 無外流
本間 三郎 本間念流
川崎 善三郎 重徳 無外流
高野 佐三郎 豊正 中西派一刀流
内藤 高治 北辰一刀流
山田 次朗吉 鹿島神傳直心影流
中山 博道 神道無念流

 

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