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伝説の剣豪・剣士・剣の達人を紹介【上泉信綱】日本最強は誰?流派は?

投稿日:2017年1月28日 更新日:

はじめに

この記事ではシリーズで伝説の剣豪・剣士・剣の達人を紹介しています。日本の歴史上の中で侍、武士が数多く名を残してきましたが、今回紹介するのは剣聖といえばこの人【上泉信綱】です。【上泉信綱】は「陰流」から「新陰流」を編み出し、あの柳生に剣を教えた伝説の剣豪です。一般的には【上泉伊勢守】の方が知られているかもしれません。この人も【塚原卜伝】と並び超有名人なのでいまさら詳細な説明をするまでもありませんが、「日本の剣豪」を語る上では【上泉信綱】について避けて通れませんので流派や出身地も含めて簡単に説明していきたいと思います。

 

出典:https://ameblo.jp/tetu522/

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上泉信綱

名前:上泉信綱、上泉伊勢守、上泉秀綱、上泉秀長

流派:新陰流

出身:武蔵国

年代:室町時代後期~戦国時代(1508~1577)

城主だった上泉信綱

上泉伊勢守信綱は、はじめの名を秀長といいました。

上泉城主・上泉秀継の次男として生まれ、16歳のとき兄の死去によって家督継承者となっています。

武蔵武士の習いとして念阿弥慈恩を祖とする「念流」を学び、また下総の香取で飯篠長威斎家直伝系の「新当流」を修めた秀長は、さらに愛洲日向守移香斎の「陰流」も修めて享禄2年(1529)に「陰流」の極意を授かって、自身の流派「新陰流」を興しました。

同年、上泉伊勢守秀綱(以下、上泉伊勢守で統一)を名乗り、上泉の主城である大胡城の城主となりますが、上杉管領家に属していた上泉氏は、敵対勢力の北条勢に攻略され戦わずして開城することになりました。

その後、上泉伊勢守は上杉側の箕輪城主・長野業正の旗下に加わり、戦においてたびたび戦功をあげて『長野家十六人の槍』と称されました。

また『上野国一本槍』という感状を得るほどの活躍もしています。

永禄6年(1563)、武田信玄によって箕輪城が落城すると、信玄は上泉伊勢守の武名を惜しんで旗本に召し抱えようとしました。

しかし、上泉伊勢守は「新陰流」の普及を理由に、武者修行を申し出てこれを固辞します。

こうして上泉伊勢守の戦国武将としての道は終わり、武芸者としての道が始まります。

 

出典:https://twitter.com/

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柳生の弟子入り

上洛を目指した上泉伊勢守は、まずは伊勢の国に立ち寄ります。

ここには塚原卜伝より『一つの太刀』を相伝された伊勢の国司・北畠具教の館『太の御所』がありました。

一流の武人でもあった北畠の館には多くの武芸者が集まっており、ここで上泉伊勢守は奈良で剣豪として名を馳せているいう柳生宗厳の名を聞きました。

一方の柳生宗厳も、上泉伊勢守が来訪した知らせをこの時に受けており、立合いたいという気持ちがふつふつと沸いていました。

そして両者は奈良の宝蔵院で対面することになり、すぐさま仕合いが行われることとなりました。

若く血気盛んな柳生宗厳は自信満々で立ち合いに挑みますが、結果は上泉伊勢守の前に見事に完敗。

三日間挑み続けて一度も上泉伊勢守には勝つことができず、弟子で上泉伊勢守の甥・疋田豊五郎景兼にすら勝つことができませんでした。

この仕合いで柳生宗厳は素直に負けを認め、すぐに上泉伊勢守に滞留を乞うて「新陰流」の教えを求めることとなったのです。

 

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出典:http://www.sports-chiro.jp/

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天下一の剣豪

上泉伊勢守が柳生の庄に滞在することになると、柳生宗厳は寝食を忘れて稽古に没頭します。

武芸者として知らぬもののなかったこの柳生の弟子入りは、上泉伊勢守の名声をより一層のし上げることになりました。

噂は北畠具教と同じく、塚原卜伝から『一つの太刀』を相伝されていた十三代将軍・足利義輝や正親町天皇の耳にまでとどき、ついには一介の兵法者としては前代未聞の上覧演芸を行うにまで至ります。

そして上泉伊勢守は天皇、将軍の双方より『天下一』の称賛を受けることとなりました。

 

半年後、上泉伊勢守は無刀にて太刀に応じる「無刀取り」について柳生宗厳に工夫するよう要請し、再会を約束して柳生の庄を去ります。

そして翌年、再び柳生の庄を訪れた上泉伊勢守は、工夫された柳生宗厳の「無刀取り」の技を見て賞賛し、新陰流二世に印可を与えました。

この後の上泉伊勢守の消息は不明ですが、九州の丸目蔵人に対して永禄10年(1567)に与えた印可状が残っています。

 

柳生宗厳に相伝した影目録の一、燕飛の巻には『中古、念流、新当流、亦また陰流あり、その他は計るにたへず。予は諸流の奥義を究め陰流において別に奇妙を抽出して、新陰流を号す。予は諸流を廃せずして諸流を認めず。』と書いてあります。上泉伊勢守はこれまでに学んだ「念流」「新当流」「陰流」の長所を合わせ、特に「陰流」に強い啓示を受けて「新陰流」を創始したようです。また、陰流の極意は年齢的にも愛洲日向守移香斎の子・平田小七郎宗通から授かったと考えるのが妥当だとされています。

 

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出典:http://ameblo.jp/

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おわりに

上泉伊勢守信綱が「剣聖」として評価されるのも、弟子の柳生がその後、徳川家に仕えて指南役として活躍していったことが大きく影響していると思われます。

しかし、柳生がボロ負け、天皇、将軍から「天下一」と称賛されるほどですから、相当な実力の持ち主であったことは間違いありません。

塚原卜伝を「剣聖」と呼ぶ人もいて、『どっちが本物の剣聖?』となることもありますが、別に二人とも「剣聖」でいいんじゃないでしょうか。

二人とも城主という高い身分でありながら、二人の実績は他と比べて群を抜いていますし、なにより教え方が上手いのか、弟子達がすくすく育っていきます。

この教える技術の高さこそ「剣聖」と呼ばれる所以なのでしょう。

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剣豪名をクリックすると個別の剣豪紹介記事が見れます↓

時代 剣豪名 流派
平安 鬼一 法眼 京八流
源 判官 義経 太刀の術
室町 念阿弥 慈恩(相馬 義元) 念流
中条 兵庫頭 長秀 中条流
飯篠 長威斎 家直 天真正伝香取神道流
松本 備前守 政信 鹿島神流
愛洲 移香斎 久忠 陰流
戦国 塚原 卜伝 高幹 鹿島新當流
山本 勘助 晴幸 京流
竹内 中務大夫 久盛 竹内流
上泉 伊勢守 信綱 新陰流
宝蔵院 胤栄 宝蔵院流
富田 五郎左衛門 勢源 富田流
奥山 休賀斎 公重 神影流
柳生 石舟斎 宗厳 柳生新陰流
北畠 具教 鹿島新當流
師岡 一羽 常成 一羽流
足利 義輝 鹿島新當流・新陰流
疋田 豊五郎 景兼 疋田陰流
丸目 蔵人 長恵 タイ捨流
林崎 甚助 重信 神夢想林崎流
根岸 兎角(信太 朝勝) 微塵流
伊藤 一刀斎 景久 一刀流
斎藤 伝鬼坊 勝秀 天流
真壁 暗夜軒 氏幹 霞流
富田 越後守 重政 富田流
樋口 又七郎 定次 馬庭念流
吉岡 憲法 直綱 吉岡流
江戸 東郷 重位 示現流
小野 忠明(神子上 典膳) 小野派一刀流
小笠原 源信斎 長治 真新陰流
柳生 但馬守 宗矩 柳生新陰流
片山 伯耆守 久安 片山伯耆流
鐘捲 自斎 通家 鐘捲流
柳生 兵庫助 利厳 柳生新陰流
松山 主水 大吉 二階堂平法
夢想 権之助(山本 勝吉) 神道夢想流
小栗 仁右衛門 正信 小栗流
宮本 武蔵 玄信 二天一流
高田 又兵衛 吉次 宝蔵院流
神谷 伝心斎 直光 直心流
針ヶ谷 夕雲 正成 無住心剣流
上泉 義胤(上泉 秀信) 民弥流
松林 蝙也斎 永吉 夢想願流
田宮 平兵衛 重正 田宮流
荒木 又右衛門 保知 柳生新陰流
佐々木 巌流 小次郎 巌流
伊藤 典膳 忠也 忠也派一刀流
柳生 十兵衛 三厳 柳生新陰流
薬丸 兼陳 薬丸自顕流
柳生 連也斎 厳包 柳生新陰流
関口 八郎左衛門 氏業 関口流
高田 三之丞 為長 柳生新陰流
伊庭 是水軒 秀明 心形刀流
今枝 佐仲 良台 初實剣理方一流
辻 月丹 資茂 無外流
高木 馬之輔 重貞 高木流
真里谷 円四郎 義旭 無住心剣流
堀部 安兵衛 武庸 馬庭念流
樋口 十郎兵衛 定暠 馬庭念流
楳本 法神 政武 法神流
寺田 五右衛門 宗有 天真一刀流
戸賀崎 熊太郎 暉芳 神道無念流
近藤 内蔵之助 長裕 天然理心流
平山 行蔵 講武実用流
岡田 十松 吉利 神道無念流
岡田 惣右衛門 寄良 柳剛流
浅利 又七郎 義信 中西派一刀流
白井 亨 義兼 天真一刀流
中西 忠兵衛 子正 中西派一刀流
千葉 周作 成政 北辰一刀流
大石 進 種次 大石新陰流
男谷 精一郎 信友 直心影流
高柳 又四郎 義正 中西派一刀流
伊庭 軍兵衛 秀業 心形刀流
幕末 斎藤 弥九郎 善道 神道無念流
大川 平兵衛 英勝 神道無念流
加藤田 平八郎 重秀 加藤田新陰流
遠藤 五平太 正贇 中西派一刀流
島田 虎之助 直親 直心影流
逸見 小源太 長英 甲源一刀流
橘 内蔵介 正以 柳剛流
浅利 又七郎 義明 中西派一刀流
勝 海舟 安邦 直心影流
桃井 春蔵 直正 鏡新明智流
大山 格之助 綱良 薬丸自顕流
宇野 金太郎 重義 片山伯耆流
斎藤 新太郎 龍善 神道無念流
清河 八郎 正明 北辰一刀流
黒河内 伝五郎 兼規 神夢想一刀流
仏生寺 弥助 神道無念流
上田 馬之助 美忠 鏡新明智流
高杉 晋作 春風 神道無念流・柳生新陰流
桂 小五郎(木戸 孝允) 神道無念流
佐々木 只三郎 泰昌 神道精武流
斎藤 歓之助 歓道 神道無念流
千葉 栄次郎 成之 北辰一刀流
河上 彦斎 玄明 我流
近藤 勇 昌宜 天然理心流
坂本 龍馬 直柔 北辰一刀流
高橋 泥舟(高橋 伊勢守) 自得院流
土方 歳三 義豊 天然理心流
沖田 総司 房良 天然理心流
永倉 新八(長倉 載之) 神道無念流
伊庭 八郎 秀穎 心形刀流
斎藤 一(藤田 五郎) 無外流
岡田 以蔵 宜振 鏡新明智流
中村 半次郎(桐野 利秋) 薬丸自顕流
明治 山岡 鉄舟 高歩 一刀正伝無刀流
榊原 鍵吉 友善 直心影流
松崎 浪四郎 直之 加藤田新陰流
渡辺 昇 武常 神道無念流
奥村 左近太 奥村二刀流・直心影流
得能 関四郎 通久 直心影流
牟田 文之助 高惇 鉄人流
根岸 信五郎 資剛 神道無念流
門奈 正 水府流・北辰一刀流
高山 峰三郎 直心影流
逸見 宗助 立身流
高橋 赳太郎 高運 無外流
本間 三郎 本間念流
川崎 善三郎 重徳 無外流
高野 佐三郎 豊正 中西派一刀流
内藤 高治 北辰一刀流
山田 次朗吉 鹿島神傳直心影流
中山 博道 神道無念流

 

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