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伝説の剣豪・剣士・剣の達人を紹介【樋口十郎兵衛】日本最強は誰?流派は?

投稿日:2018年4月11日 更新日:

はじめに

この記事ではシリーズ化して伝説の剣豪・剣士・剣の達人を紹介しています。日本の歴史上の中で侍、武士が数多く名を残してきましたが、今回紹介する伝説の剣豪・剣士・剣の達人は【樋口十郎兵衛】です。【樋口十郎兵衛】は守って負けを認めさせる「不殺の剣」を説いた馬庭念流の伝説の剣豪です。それでは【樋口十郎兵衛】について流派や出身地も含め簡単に説明していきます。

 

出典:http://gpnotebook.gunmablog.net/

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樋口十郎兵衛 

名前:樋口十郎兵衛定暠

流派:馬庭念流

出身:上野国

年代:江戸時代中期(?~?)

最盛期を迎えた古流・馬庭念流

樋口十郎兵衛は「馬庭念流」を継承する樋口家の13代目・樋口十郎右衛門将定の子として生まれました。

「馬庭念流」は念阿弥慈恩を祖として古伝の剣術を伝える古い流派でしたが、父は赤穂浪士で有名な堀部安兵衛にも剣を教えるなどして道場剣術が全盛期を迎える江戸時代後期にあっても人気を博し、代々の宗家は江戸に出張道場を構えて教授を行っていました。

十郎兵衛も父から「馬庭念流」を引き継ぐと、江戸京橋太田屋敷に出張道場を開いて門弟数千人を集め、江戸の諸侯からも教えを求める者が多かったといいます。

さらに十郎兵衛は弟・樋口次郎太夫定張にお玉が池と小石川の道場を任せ、四六時中竹刀の音が絶えない道場チェーンとして「馬庭念流」の最盛期を作りました。

馬庭念流の教え『念流兵法心得』には「当流稽古の仕様は、負ける所を勧めて勝つ所を知るの修行なり。目前の勝を嫌うには非ざれども、始終の勝を勝ちとす。心得べし」とあります。

これは相手を打ち倒すのではなく、守りの剣をもって相手に負けを認めさせる剣の教えであり、『不殺の剣』または『護身の剣』とも言える剣術でした。

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現代にも続く剣術へ

ある日、幕府閣僚の松平越後守(宣富?)は「馬庭念流」が他流の剣術とは違って実用的であると評価し、自宅に十郎兵衛を招いて兵法が見たいと申し入れます。

十郎兵衛はこのとき94歳でしたが、孫婿の樋口勇蔵定雄を連れて御前に参上し「馬庭念流」の組太刀を演じました。

越後守が剣の奥義を尋ねると、十郎兵衛は「剣の道 わざをつとめておのずから 業を離れて 業にこそあれ」と歌を詠んで答えたといいます。

こののち十郎兵衛は死去しますが、「馬庭念流」は長男の樋口十郎右衛門定広が15代目を相続し、祖父と共に演武を披露した16代目・定雄と小石川の道場で多くの弟子を育てました。

後世、18代目・樋口定伊も水戸藩・徳川斉昭に招かれて演武を披露し、神田明神下に道場を構えたほか、講武所でも「馬庭念流」を教示しています。

そして講武所では「馬庭念流」は古い伝統を伝える剣術とされながらも、流行りの竹刀稽古の剣士たちを圧倒する強さを発揮して幕末においても剣名を轟かせていったのです。

 

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おわりに

樋口十郎兵衛は長く続く「馬庭念流」の教えを最も体現した剣豪といえるでしょう。

古流でありながらも、江戸時代には数千人もの門弟を持ったというのですから、十郎兵衛が教える『不殺の剣』は江戸の人たちを惹きつけるものがあったということ。

この流派は歴史を駆け抜けてきた「剣豪」たちの技を伝え、今もなおその名を残しているのは素晴らしいことだと思います。

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時代 剣豪名 流派
平安 鬼一 法眼 京八流
源 判官 義経 太刀の術
室町 念阿弥 慈恩(相馬 義元) 念流
中条 兵庫頭 長秀 中条流
飯篠 長威斎 家直 天真正伝香取神道流
松本 備前守 政信 鹿島神流
愛洲 移香斎 久忠 陰流
戦国 塚原 卜伝 高幹 鹿島新當流
山本 勘助 晴幸 京流
竹内 中務大夫 久盛 竹内流
上泉 伊勢守 信綱 新陰流
宝蔵院 胤栄 宝蔵院流
富田 五郎左衛門 勢源 富田流
奥山 休賀斎 公重 神影流
柳生 石舟斎 宗厳 柳生新陰流
北畠 具教 鹿島新當流
師岡 一羽 常成 一羽流
足利 義輝 鹿島新當流・新陰流
疋田 豊五郎 景兼 疋田陰流
丸目 蔵人 長恵 タイ捨流
林崎 甚助 重信 神夢想林崎流
根岸 兎角(信太 朝勝) 微塵流
伊藤 一刀斎 景久 一刀流
斎藤 伝鬼坊 勝秀 天流
真壁 暗夜軒 氏幹 霞流
富田 越後守 重政 富田流
樋口 又七郎 定次 馬庭念流
吉岡 憲法 直綱 吉岡流
江戸 東郷 重位 示現流
小野 忠明(神子上 典膳) 小野派一刀流
小笠原 源信斎 長治 真新陰流
柳生 但馬守 宗矩 柳生新陰流
片山 伯耆守 久安 片山伯耆流
鐘捲 自斎 通家 鐘捲流
柳生 兵庫助 利厳 柳生新陰流
松山 主水 大吉 二階堂平法
夢想 権之助(山本 勝吉) 神道夢想流
小栗 仁右衛門 正信 小栗流
宮本 武蔵 玄信 二天一流
高田 又兵衛 吉次 宝蔵院流
神谷 伝心斎 直光 直心流
針ヶ谷 夕雲 正成 無住心剣流
上泉 義胤(上泉 秀信) 民弥流
松林 蝙也斎 永吉 夢想願流
田宮 平兵衛 重正 田宮流
荒木 又右衛門 保知 柳生新陰流
佐々木 巌流 小次郎 巌流
伊藤 典膳 忠也 忠也派一刀流
柳生 十兵衛 三厳 柳生新陰流
薬丸 兼陳 薬丸自顕流
柳生 連也斎 厳包 柳生新陰流
関口 八郎左衛門 氏業 関口流
高田 三之丞 為長 柳生新陰流
伊庭 是水軒 秀明 心形刀流
今枝 佐仲 良台 初實剣理方一流
辻 月丹 資茂 無外流
高木 馬之輔 重貞 高木流
真里谷 円四郎 義旭 無住心剣流
堀部 安兵衛 武庸 馬庭念流
樋口 十郎兵衛 定暠 馬庭念流
楳本 法神 政武 法神流
寺田 五右衛門 宗有 天真一刀流
戸賀崎 熊太郎 暉芳 神道無念流
近藤 内蔵之助 長裕 天然理心流
平山 行蔵 講武実用流
岡田 十松 吉利 神道無念流
岡田 惣右衛門 寄良 柳剛流
浅利 又七郎 義信 中西派一刀流
白井 亨 義兼 天真一刀流
中西 忠兵衛 子正 中西派一刀流
千葉 周作 成政 北辰一刀流
大石 進 種次 大石新陰流
男谷 精一郎 信友 直心影流
高柳 又四郎 義正 中西派一刀流
伊庭 軍兵衛 秀業 心形刀流
幕末 斎藤 弥九郎 善道 神道無念流
大川 平兵衛 英勝 神道無念流
加藤田 平八郎 重秀 加藤田新陰流
遠藤 五平太 正贇 中西派一刀流
島田 虎之助 直親 直心影流
逸見 小源太 長英 甲源一刀流
橘 内蔵介 正以 柳剛流
浅利 又七郎 義明 中西派一刀流
勝 海舟 安邦 直心影流
桃井 春蔵 直正 鏡新明智流
大山 格之助 綱良 薬丸自顕流
宇野 金太郎 重義 片山伯耆流
斎藤 新太郎 龍善 神道無念流
清河 八郎 正明 北辰一刀流
黒河内 伝五郎 兼規 神夢想一刀流
仏生寺 弥助 神道無念流
上田 馬之助 美忠 鏡新明智流
高杉 晋作 春風 神道無念流・柳生新陰流
桂 小五郎(木戸 孝允) 神道無念流
佐々木 只三郎 泰昌 神道精武流
斎藤 歓之助 歓道 神道無念流
千葉 栄次郎 成之 北辰一刀流
河上 彦斎 玄明 我流
近藤 勇 昌宜 天然理心流
坂本 龍馬 直柔 北辰一刀流
高橋 泥舟(高橋 伊勢守) 自得院流
土方 歳三 義豊 天然理心流
沖田 総司 房良 天然理心流
永倉 新八(長倉 載之) 神道無念流
伊庭 八郎 秀穎 心形刀流
斎藤 一(藤田 五郎) 無外流
岡田 以蔵 宜振 鏡新明智流
中村 半次郎(桐野 利秋) 薬丸自顕流
明治 山岡 鉄舟 高歩 一刀正伝無刀流
榊原 鍵吉 友善 直心影流
松崎 浪四郎 直之 加藤田新陰流
渡辺 昇 武常 神道無念流
奥村 左近太 奥村二刀流・直心影流
得能 関四郎 通久 直心影流
牟田 文之助 高惇 鉄人流
根岸 信五郎 資剛 神道無念流
門奈 正 水府流・北辰一刀流
高山 峰三郎 直心影流
逸見 宗助 立身流
高橋 赳太郎 高運 無外流
本間 三郎 本間念流
川崎 善三郎 重徳 無外流
高野 佐三郎 豊正 中西派一刀流
内藤 高治 北辰一刀流
山田 次朗吉 鹿島神傳直心影流
中山 博道 神道無念流

 

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