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伝説の剣豪・剣士・剣の達人を紹介【上泉義胤】日本最強は誰?流派は?

投稿日:2018年4月6日 更新日:

はじめに

この記事ではシリーズで伝説の剣豪・剣士・剣の達人を紹介しています。日本の歴史上の中で侍、武士が数多く名を残してきましたが、今回紹介する伝説の剣豪・剣士・剣の達人は【上泉義胤】です。【上泉義胤】は剣聖・上泉伊勢守信綱の孫で、どこか人を食ったところのある居合術に長けた伝説の剣豪です。それでは【上泉義胤】について流派や出身地も含め簡単に説明します。

 

出典:https://japanbujut.exblog.jp/

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上泉義胤 

名前:上泉権右衛門義胤

流派:無楽流、夢楽流、上泉流、夢想流、民弥流

出身:?

年代:戦国時代~江戸時代初期(1592~1647)

謎多き剣聖の孫

上泉義胤は上泉秀胤の子で『剣聖』と名高い「新陰流」の祖・上泉伊勢守信綱の孫にあたります。

父・秀胤は「新陰流」「上泉流軍法」を継いで佐竹藩に出仕していましたが、義胤には軍法を相伝したものの「新陰流」は授けずに長野無楽斎につかせて居合術を学ばせていました。

「新陰流を継ぐ器量にあらず」というのが、その理由だといいます。

義胤は上泉流軍法師範として備前藩・池田光政に仕えていましたが、のちに職を辞して居合術の修行を行います。

そして武者修行の後に義胤は尾張藩に居合術師範として仕えることになりました。

この頃の尾張藩は尾張柳生の祖となった「柳生新陰流」の柳生兵庫助利厳が剣術師範として活躍していることから、「新陰流」の上泉伊勢守信綱の孫にあたる義胤の出仕には特別の推挙があったと考えられます。

義胤は仕官にあたり、柳生兵庫助の高弟である高田三之丞と立ち合っています。

 

試合当日、最初は義胤が抜刀できずに高田三之丞が勝ち、そのまま試合は一時中断となりました。

すると義胤は突如、試合会場から姿を消して「逃げたのではないか?」と皆を不安にさせます。

そんな中、義胤は再び姿を現して試合が再開となり、その後の2本は文句なく義胤の勝ちとなりました。

この時、柳生兵庫助が「どこに行っていたのか?」と聞くと、義胤は「厠へ。立派なのが出ました。」と答えたといいます。

 

義胤はかなり変わった性格だったらしく『岡村新之丞』『民弥権右衛門』などと何度も名前を変え、民弥を名乗った時には流派名も「民弥流」を名乗りました。

この「民弥流」は現代にも「民弥流居合」として伝わっています。

正保4年(1647)に没したといいますが、墓所なども分かっておらず、謎の多い剣豪となっています。

 

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おわりに

上泉義胤は、あの「剣聖」の孫とは思えないほどの変わり者。試合の途中で「でっかいウンチがでたよ」なんて普通は言わないよ。

こんな性格だから、父から新陰流を教えてもらえなかったのだろうか。

しかし、腐っても上泉。柳生新陰流を破って尾張徳川藩の居合術師範になるところはさすがです。

超サラブレットなんだから、真面目にやってりゃ「伊勢守の再来」とか言われていたかもしれない。

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時代 剣豪名 流派
平安 鬼一 法眼 京八流
源 判官 義経 太刀の術
室町 念阿弥 慈恩(相馬 義元) 念流
中条 兵庫頭 長秀 中条流
飯篠 長威斎 家直 天真正伝香取神道流
松本 備前守 政信 鹿島神流
愛洲 移香斎 久忠 陰流
戦国 塚原 卜伝 高幹 鹿島新當流
山本 勘助 晴幸 京流
竹内 中務大夫 久盛 竹内流
上泉 伊勢守 信綱 新陰流
宝蔵院 胤栄 宝蔵院流
富田 五郎左衛門 勢源 富田流
奥山 休賀斎 公重 神影流
柳生 石舟斎 宗厳 柳生新陰流
北畠 具教 鹿島新當流
師岡 一羽 常成 一羽流
足利 義輝 鹿島新當流・新陰流
疋田 豊五郎 景兼 疋田陰流
丸目 蔵人 長恵 タイ捨流
林崎 甚助 重信 神夢想林崎流
根岸 兎角(信太 朝勝) 微塵流
伊藤 一刀斎 景久 一刀流
斎藤 伝鬼坊 勝秀 天流
真壁 暗夜軒 氏幹 霞流
富田 越後守 重政 富田流
樋口 又七郎 定次 馬庭念流
吉岡 憲法 直綱 吉岡流
江戸 東郷 重位 示現流
小野 忠明(神子上 典膳) 小野派一刀流
小笠原 源信斎 長治 真新陰流
柳生 但馬守 宗矩 柳生新陰流
片山 伯耆守 久安 片山伯耆流
鐘捲 自斎 通家 鐘捲流
柳生 兵庫助 利厳 柳生新陰流
松山 主水 大吉 二階堂平法
夢想 権之助(山本 勝吉) 神道夢想流
小栗 仁右衛門 正信 小栗流
宮本 武蔵 玄信 二天一流
高田 又兵衛 吉次 宝蔵院流
神谷 伝心斎 直光 直心流
針ヶ谷 夕雲 正成 無住心剣流
上泉 義胤(上泉 秀信) 民弥流
松林 蝙也斎 永吉 夢想願流
田宮 平兵衛 重正 田宮流
荒木 又右衛門 保知 柳生新陰流
佐々木 巌流 小次郎 巌流
伊藤 典膳 忠也 忠也派一刀流
柳生 十兵衛 三厳 柳生新陰流
薬丸 兼陳 薬丸自顕流
柳生 連也斎 厳包 柳生新陰流
関口 八郎左衛門 氏業 関口流
高田 三之丞 為長 柳生新陰流
伊庭 是水軒 秀明 心形刀流
今枝 佐仲 良台 初實剣理方一流
辻 月丹 資茂 無外流
高木 馬之輔 重貞 高木流
真里谷 円四郎 義旭 無住心剣流
堀部 安兵衛 武庸 馬庭念流
樋口 十郎兵衛 定暠 馬庭念流
楳本 法神 政武 法神流
寺田 五右衛門 宗有 天真一刀流
戸賀崎 熊太郎 暉芳 神道無念流
近藤 内蔵之助 長裕 天然理心流
平山 行蔵 講武実用流
岡田 十松 吉利 神道無念流
岡田 惣右衛門 寄良 柳剛流
浅利 又七郎 義信 中西派一刀流
白井 亨 義兼 天真一刀流
中西 忠兵衛 子正 中西派一刀流
千葉 周作 成政 北辰一刀流
大石 進 種次 大石新陰流
男谷 精一郎 信友 直心影流
高柳 又四郎 義正 中西派一刀流
伊庭 軍兵衛 秀業 心形刀流
幕末 斎藤 弥九郎 善道 神道無念流
大川 平兵衛 英勝 神道無念流
加藤田 平八郎 重秀 加藤田新陰流
遠藤 五平太 正贇 中西派一刀流
島田 虎之助 直親 直心影流
逸見 小源太 長英 甲源一刀流
橘 内蔵介 正以 柳剛流
浅利 又七郎 義明 中西派一刀流
勝 海舟 安邦 直心影流
桃井 春蔵 直正 鏡新明智流
大山 格之助 綱良 薬丸自顕流
宇野 金太郎 重義 片山伯耆流
斎藤 新太郎 龍善 神道無念流
清河 八郎 正明 北辰一刀流
黒河内 伝五郎 兼規 神夢想一刀流
仏生寺 弥助 神道無念流
上田 馬之助 美忠 鏡新明智流
高杉 晋作 春風 神道無念流・柳生新陰流
桂 小五郎(木戸 孝允) 神道無念流
佐々木 只三郎 泰昌 神道精武流
斎藤 歓之助 歓道 神道無念流
千葉 栄次郎 成之 北辰一刀流
河上 彦斎 玄明 我流
近藤 勇 昌宜 天然理心流
坂本 龍馬 直柔 北辰一刀流
高橋 泥舟(高橋 伊勢守) 自得院流
土方 歳三 義豊 天然理心流
沖田 総司 房良 天然理心流
永倉 新八(長倉 載之) 神道無念流
伊庭 八郎 秀穎 心形刀流
斎藤 一(藤田 五郎) 無外流
岡田 以蔵 宜振 鏡新明智流
中村 半次郎(桐野 利秋) 薬丸自顕流
明治 山岡 鉄舟 高歩 一刀正伝無刀流
榊原 鍵吉 友善 直心影流
松崎 浪四郎 直之 加藤田新陰流
渡辺 昇 武常 神道無念流
奥村 左近太 奥村二刀流・直心影流
得能 関四郎 通久 直心影流
牟田 文之助 高惇 鉄人流
根岸 信五郎 資剛 神道無念流
門奈 正 水府流・北辰一刀流
高山 峰三郎 直心影流
逸見 宗助 立身流
高橋 赳太郎 高運 無外流
本間 三郎 本間念流
川崎 善三郎 重徳 無外流
高野 佐三郎 豊正 中西派一刀流
内藤 高治 北辰一刀流
山田 次朗吉 鹿島神傳直心影流
中山 博道 神道無念流

 

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