伝説の剣豪・剣士・剣の達人を紹介【高山峰三郎】日本最強は誰?流派は?

      2019/12/17

はじめに

伝説の剣豪・剣士・剣の達人を流派などを含めて紹介していきます。日本の歴史上の中で侍、武士が数多く名を残してきましたが、今回紹介する伝説の剣豪・剣士・剣の達人は【高山峰三郎】です。【高山峰三郎】は当時、隆盛を誇っていた警視庁の剣術に殴り込み、36連勝というとんでもない伝説を残した剣豪です。それでは【高山峰三郎】について流派や出身地も含め簡単に説明していきます。

 

出典:https://ameblo.jp/oowwll/

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高山峰三郎

名前:高山峰三郎

流派:直心影流

出身:伊予国

年代:江戸時代末期~明治時代(1835~1899)

籠手田との出会い

高山峰三郎は天保6年(1835)に伊予国で大洲藩士の子として生まれました。

7歳の頃、儒学で藩に仕えていた父が江戸に出たため、峰三郎は江戸で「直心影流」の藤川貞近に入門して剣術と出会いました。

その後、「直心影流」を修めた峰三郎は、「忠也派一刀流」近藤弥之助や「北辰一刀流」塚田孔平からも学び、「鏡心明智流」の桃井春蔵の道場『士学館』に入門します。

慶応元年(1865)、士学館での同門・上田馬之助が新両替町の料亭で天童藩士と喧嘩になり、2人を斬殺する事件を起こして現場が新徴組に封鎖されました。

この時、峰三郎は夕食の買物をしていて上田馬之助を心配したが、士学館に通う顔見知りの新徴組隊士から無事を伝えられてホッとしていたといいます。

 

その後、京都へ出た峰三郎は「直心影流」戸田一心斎の道場の師範代となります。

戸田道場は武家から素性の怪しい者が集まる門人1,000人を超えた巨大道場。

ここで峰三郎は藩命で京都を偵察していた平戸藩士・桑田源之丞(のちの籠手田安定)に出会いました。

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伝説の36連勝

明治元年(1868)、峰三郎は松江藩に剣術師範として招かれましたが、やがて廃藩置県によって解雇。

その後、峰三郎は滋賀県大津で路頭に迷っているときに、桑田源之丞と再会しました。

すると滋賀県権令にまで出世していた桑田源之丞のおかげで、峰三郎は滋賀県警察部の一等巡査に採用されます。

さらに明治13年(1880)には大津に道場『養勇館』が完成し、峰三郎はここの長を任されました。

 

明治16年(1883)、東京の地方官会議が開かれることとなり、籠手田安定(桑田源之丞から改名)出席のために上京。

この時、籠手田安定は関西で鍛えぬいた峰三郎ら約10名の剣士を引き連れ、隆盛を誇っていた警視庁に試合を挑みました。

ここで峰三郎は得能関四郎ら警視庁の撃剣世話掛36名を連破する活躍をして話題となり、最終日の逸見宗助との試合には警視総監・樺山資紀も観戦に訪れたといいます。

結果、峰三郎は逸見宗助には敗れたものの、36連勝という大記録で明治剣道会に名を轟かせることになったのです。

 

その後、警視庁主催の撃剣大会に呼ばれることとなった峰三郎は、翌年に逸見宗助にも勝利して全勝。

明治18年(1885)に籠手田安定が島根県知事となると、峰三郎も島根県に呼ばれて島根県御用掛となり、警察や監獄で剣術を教授しました。

また、明治24年(1891)には、兵庫県庁で開かれた撃剣大会で松崎浪四郎に勝利し、兵庫県知事から白鞘の短刀を授与されています。

しかし、名剣士として有名となった峰三郎は、このあと大阪府警察部に転任することなり、徐々に籠手田安定とは疎遠になっていきました。

 

出典:https://www.shiga-u.ac.jp/

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剣士生命を終わらせた籠手田

明治29年(1896)、滋賀県知事に再任した籠手田安定が大津で撃剣大会を開催し、峰三郎も招かれました。

試合前夜、久しぶりに籠手田安定に会った峰三郎は、もう一度下で働きたいと願い出ます。

しかし、籠手田安定は「明日、小関教政に勝ったら考える」と返答しました。

これを聞いた峰三郎は憤然として席を立ち、翌日には酒気を飲んで試合会場に現れ、小関教政に敗北。

それもそのはず当時の峰三郎が62歳、対する小関教政は25歳。

これで剣士生命を終えた峰三郎は明治32年(1899)に大阪で死去しました。享年65。

 

その後、峰三郎を破った小関教政は大日本武徳会本部教授に就任。

峰三郎との試合について「今日の地位を得ることになった大切の試合」と語っています。

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時代 剣豪名 流派
平安 鬼一 法眼 京八流
源 判官 義経 太刀の術
室町 念阿弥 慈恩(相馬 義元) 念流
中条 兵庫頭 長秀 中条流
飯篠 長威斎 家直 天真正伝香取神道流
松本 備前守 政信 鹿島神流
愛洲 移香斎 久忠 陰流
戦国 塚原 卜伝 高幹 鹿島新當流
山本 勘助 晴幸 京流
竹内 中務大夫 久盛 竹内流
上泉 伊勢守 信綱 新陰流
宝蔵院 胤栄 宝蔵院流
富田 五郎左衛門 勢源 富田流
奥山 休賀斎 公重 神影流
柳生 石舟斎 宗厳 柳生新陰流
北畠 具教 鹿島新當流
師岡 一羽 常成 一羽流
足利 義輝 鹿島新當流・新陰流
疋田 豊五郎 景兼 疋田陰流
丸目 蔵人 長恵 タイ捨流
林崎 甚助 重信 神夢想林崎流
根岸 兎角(信太 朝勝) 微塵流
伊藤 一刀斎 景久 一刀流
斎藤 伝鬼坊 勝秀 天流
真壁 暗夜軒 氏幹 霞流
富田 越後守 重政 富田流
樋口 又七郎 定次 馬庭念流
吉岡 憲法 直綱 吉岡流
江戸 東郷 重位 示現流
小野 忠明(神子上 典膳) 小野派一刀流
小笠原 源信斎 長治 真新陰流
柳生 但馬守 宗矩 柳生新陰流
片山 伯耆守 久安 片山伯耆流
鐘捲 自斎 通家 鐘捲流
柳生 兵庫助 利厳 柳生新陰流
松山 主水 大吉 二階堂平法
夢想 権之助(山本 勝吉) 神道夢想流
小栗 仁右衛門 正信 小栗流
宮本 武蔵 玄信 二天一流
高田 又兵衛 吉次 宝蔵院流
神谷 伝心斎 直光 直心流
針ヶ谷 夕雲 正成 無住心剣流
上泉 義胤(上泉 秀信) 民弥流
松林 蝙也斎 永吉 夢想願流
田宮 平兵衛 重正 田宮流
荒木 又右衛門 保知 柳生新陰流
佐々木 巌流 小次郎 巌流
伊藤 典膳 忠也 忠也派一刀流
柳生 十兵衛 三厳 柳生新陰流
薬丸 兼陳 薬丸自顕流
柳生 連也斎 厳包 柳生新陰流
関口 八郎左衛門 氏業 関口流
高田 三之丞 為長 柳生新陰流
伊庭 是水軒 秀明 心形刀流
今枝 佐仲 良台 初實剣理方一流
辻 月丹 資茂 無外流
高木 馬之輔 重貞 高木流
真里谷 円四郎 義旭 無住心剣流
堀部 安兵衛 武庸 馬庭念流
樋口 十郎兵衛 定暠 馬庭念流
楳本 法神 政武 法神流
寺田 五右衛門 宗有 天真一刀流
戸賀崎 熊太郎 暉芳 神道無念流
近藤 内蔵之助 長裕 天然理心流
平山 行蔵 講武実用流
岡田 十松 吉利 神道無念流
岡田 惣右衛門 寄良 柳剛流
浅利 又七郎 義信 中西派一刀流
白井 亨 義兼 天真一刀流
中西 忠兵衛 子正 中西派一刀流
千葉 周作 成政 北辰一刀流
大石 進 種次 大石新陰流
男谷 精一郎 信友 直心影流
高柳 又四郎 義正 中西派一刀流
伊庭 軍兵衛 秀業 心形刀流
幕末 斎藤 弥九郎 善道 神道無念流
大川 平兵衛 英勝 神道無念流
加藤田 平八郎 重秀 加藤田新陰流
遠藤 五平太 正贇 中西派一刀流
島田 虎之助 直親 直心影流
逸見 小源太 長英 甲源一刀流
橘 内蔵介 正以 柳剛流
浅利 又七郎 義明 中西派一刀流
勝 海舟 安邦 直心影流
桃井 春蔵 直正 鏡新明智流
大山 格之助 綱良 薬丸自顕流
宇野 金太郎 重義 片山伯耆流
斎藤 新太郎 龍善 神道無念流
清河 八郎 正明 北辰一刀流
黒河内 伝五郎 兼規 神夢想一刀流
仏生寺 弥助 神道無念流
上田 馬之助 美忠 鏡新明智流
高杉 晋作 春風 神道無念流・柳生新陰流
桂 小五郎(木戸 孝允) 神道無念流
佐々木 只三郎 泰昌 神道精武流
斎藤 歓之助 歓道 神道無念流
千葉 栄次郎 成之 北辰一刀流
河上 彦斎 玄明 我流
近藤 勇 昌宜 天然理心流
坂本 龍馬 直柔 北辰一刀流
高橋 泥舟(高橋 伊勢守) 自得院流
土方 歳三 義豊 天然理心流
沖田 総司 房良 天然理心流
永倉 新八(長倉 載之) 神道無念流
伊庭 八郎 秀穎 心形刀流
斎藤 一(藤田 五郎) 無外流
岡田 以蔵 宜振 鏡新明智流
中村 半次郎(桐野 利秋) 薬丸自顕流
明治 山岡 鉄舟 高歩 一刀正伝無刀流
榊原 鍵吉 友善 直心影流
松崎 浪四郎 直之 加藤田新陰流
渡辺 昇 武常 神道無念流
奥村 左近太 奥村二刀流・直心影流
得能 関四郎 通久 直心影流
牟田 文之助 高惇 鉄人流
根岸 信五郎 資剛 神道無念流
門奈 正 水府流・北辰一刀流
高山 峰三郎 直心影流
逸見 宗助 立身流
高橋 赳太郎 高運 無外流
本間 三郎 本間念流
川崎 善三郎 重徳 無外流
高野 佐三郎 豊正 中西派一刀流
内藤 高治 北辰一刀流
山田 次朗吉 鹿島神傳直心影流
中山 博道 神道無念流

 

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