大河ドラマ「おんな城主 直虎」
寿桂尼
大河ドラマ「おんな城主 直虎」で登場する浅丘ルリ子が演じる寿桂尼。
この寿桂尼は、大河ドラマ直虎でも『おんな大名』の異名を持ち、直虎に対しても最大の理解者であったり、厳しく恐ろしい一面を見せたりと、今川家の中でも圧倒的な存在感と実力を示しています。
ちょっとケバすぎる(笑)印象を持ちますが、実際の寿桂尼は直虎すら足元に及ばないほどの女傑です。
寿桂尼は大河ドラマ直虎でも最期の最期まで策を巡らし、デスノート(死の帳面)まで残して今川家の行く末を案じます。
今回は、そんな寿桂尼について史実での寿桂尼と、大河ドラマ直虎での寿桂尼を合わせて紹介していきたいと思います。
画像は大河ドラマ直虎だけでなく、色々な寿桂尼を貼っていますので、予めご了承下さい。
寿桂尼(?~1568)
藤原氏で公家の中御門家、権大納言・中御門宣胤の娘。
駿河国の戦国大名・今川氏親の正室で、子に今川氏輝、今川義元、瑞渓院(北条氏康室)などをもうけ、今川家四代に渡って政務を補佐して「尼御台」と呼ばれた女傑。
誰にも若い頃はあります。
出典:http://gloria13.blog.fc2.com/
1505~1508年頃、今川氏親に嫁いだとされる。
1513年、長男の今川氏輝が誕生。つづいて次男の彦五郎、1519年には三男の今川義元を産んだ。
病床にあった夫・今川氏親を補佐して、今川氏の分国法である『今川仮名目録』を制定したといわれている。
1526年、夫の今川氏親が病死すると、剃髪して瑞光院寿桂尼となり、大方殿と称された。
まだまだ美しい寿桂尼
夫・今川氏親の死去後、長男・今川氏輝が弱冠14歳で家督を継いだため、約2年間は寿桂尼が公的文書を出し政務を取り仕切った。
このため、彼女は「尼御台(あまみだい)」と呼ばれることになる。
1536年、次男・彦五郎が死去。次いで長男で当主の今川氏輝が死去すると、寿桂尼は、出家していた三男・栴岳承芳を還俗させて今川義元を名乗らせる。
そして、夫の側室の子であった玄広恵探と今川義元の間で、花倉の乱と呼ばれる家督争いが発生。
この花倉の乱を制して、今川の家督は三男・今川義元が継いだ。
突然、化けものになったりします(笑)
今川義元が家督を継いでからも寿桂尼は政治に関わり、遠江、三河に侵攻して義元は『海道一の弓取り』と呼ばれるほどの隆盛を誇る。
【大河ドラマ直虎】
大河ドラマ直虎での寿桂尼は、直虎の幼少期であるこのころに登場。
今川氏は、おとわ(のちの直虎)を人質とするため駿府に呼び出します。
しかし、おとわが龍王丸(のちの今川氏真)との蹴鞠対決に勝ち、今川義元に太原雪斎と寿桂尼が、おとわの解放を助言して認められました。
まるで、おとわの守り神のよう
出典:http://www.nhk.or.jp/
1560年、今川義元が桶狭間の戦いで織田信長に破れて討ち死にし、孫である今川氏真が当主となる。
【大河ドラマ直虎】
桶狭間の戦いのあと織田と手を結び今川家に反旗を翻した松平元康(のちの徳川家康)。
大河ドラマ直虎では、今川と松平が戦を始めたと聞いた次郎法師(のちの直虎)は、駿府に残された元康の妻・瀬名を助けるため駿府に向かい寿桂尼に会います。
瀬名の命乞いをする次郎法師でしたが、タイミングよく松平元康が上ノ郷城を落とし、寿桂尼の孫にあたる鵜殿長照が敗死した連絡が入ります。
寿桂尼は、瀬名の死罪を決定しましたが、突如、松平家臣・石川数正が駆け込んできて鵜殿長照の子・鵜殿氏長、氏次と、瀬名、嫡男・信康、長女・亀姫らとの人質交換が成立しました。
瀬名と人質交換された今川一族・鵜殿長照、氏長、氏次とは
その後、寿桂尼は今川を裏切る者への粛清を図ります。
そして今川から松平に乗り換えようとしていた井伊直親は、まんまとニセ康の計にひっかかり命を落としました。
この時、寿桂尼は小野政次を呼び出して、今川への忠誠を誓わせています。
寿桂尼の恐ろしさが分かった直親殺害事件
ニセ康の計
井伊直親死後、次郎法師は井伊直虎を名乗り、井伊谷を治めることになりますが、徳政令の発布をめぐり駿府から呼び出しを受け、直虎は絶対絶命の危機を迎えました。
ここで寿桂尼は、井伊の民に慕われる直虎の姿と直虎の思いを受け、井伊を直虎が治めることを許可するという寛大な処置を下します。
さすが!おんな大名!器がデカすぎる!
この後、今川氏真の妹・鈴の夫・武田義信が、父の信玄によって幽閉され、今川家は武田信玄との関係が悪化します。
寿桂尼は病に倒れましたが、今川氏真と、その妻・春の呼びかけで何とか息を吹き返しました。
武田義信幽閉事件とは
今川氏真の妻・春(早川殿)とは
武田信玄に書状を送って甲斐なく、義信は自害に追い込まれましたが、寿桂尼は武田に留め置かれた孫の鈴を取り戻すため武田信玄のもとを訪れます。
そして寿桂尼と武田信玄は互いに一歩も引かない舌戦を繰り広げました。
寿桂尼は、信玄が言うことを聞かないとうことは想定内のことで、次の一手として、今川氏真の妻・春の実家である北条氏の手を借りようとします。
北条からやってきた北条幻庵と話し合う寿桂尼の姿に、今川氏真は自分だけが蚊帳の外にいるようで不満を抱いてしまいます。
結果、鈴を駿府に戻すことに成功し、武田との争いには一応の決着を見ることになったものの、寿桂尼と今川氏真の間には亀裂が入ることとなってしまいました。
そんな中、再び寿桂尼が倒れ、すねて遊び散らかしていた今川氏真は、寿桂尼の寿命を縮めてしまったと猛省します。
そして寿桂尼と今川氏真は、今川の栄華を取り戻すべく動き出します。
氏真では心配だわ・・・
この頃、直虎は寿桂尼が倒れた情報を掴んだ小野政次から今川を裏切る準備をするよう言われていました。
寿桂尼は直虎を呼び出し、涙ながらに直親殺害事件のことを詫び、死後も今川を見捨てないよう手を取って懇願します。
直虎から今川を裏切らないと約束を得ましたが、寿桂尼は、自分に似た女子は衰えた主家に義理立てを絶対にしないと、直虎の本心を全て見抜いていました。
寿桂尼は、帳面に記された井伊直虎の名前の上に信用できないことを示す「×」印を書き、井伊を陥れる策を進めるよう今川氏真に伝えました。
1568年、寿桂尼死去。
寿桂尼は「死しても今川の守護たらん」と遺言を残し、今川館の鬼門の方角(北東)にあたる龍雲寺に埋葬されことを希望しました。
武田信玄をして「寿桂尼が生きているうちは駿河を攻められない」と言わしめ、寿桂尼の死後、すぐさま駿河侵攻を開始した信玄は、龍雲寺をはじめに攻撃し寿桂尼の墓を破壊してから今川館に攻め込んだといわれています。
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