大河ドラマ「いだてん」
第40話「バックトゥザフューチャー」あらすじネタバレ
ここでは大河ドラマ「いだてん」第40話「バックトゥザフューチャー」のザックリしたあらすじ・ネタバレについて紹介していきます。先の展開を知りたくない方はご遠慮下さい。
第40話のポイントは何といっても平沢和重の伝説のスピーチ。嘉納治五郎の最期を看取った平沢のおかげで、この回に悲願の東京オリンピック招致が成功します。前半は歴史年表を見るかのごとく、淡々と年月を刻んでいきますが、最後の最後で感動を呼ぶ涙の回をなりそうな予感。
では、第40話のあらすじ・ネタバレをどうぞ!
前回 大河ドラマ「いだてん」のあらすじ
大河ドラマ「いだてん」
第40話「バックトゥザフューチャー」
NHK公式 あらすじ
1959年。東京オリンピックの招致活動は大詰めを迎えていた。田畑(阿部サダヲ)は、東京都庁にNHK解説委員の平沢和重(星野源)を招き、来るIOC総会での最終スピーチを引き受けるよう頼みこむ。断る平沢に対し田畑は、全てを失った敗戦以来、悲願の招致のために全力を尽くしてきた自分の「オリンピック噺」を語って聞かせる。それは、戦後の食糧不足の中、浜松で天才・古橋廣之進(北島康介)を見出すところから始まる―
大河ドラマ「いだてん」
第40話
あらすじ【ネタバレ注意】
諦めない田畑政治
終戦直後の昭和20年(1945)9月、東京は焼け野原となり、嘉納治五郎が尽力した神宮競技場もGHQに封鎖されていた。
そんな中でも田畑政治は夢を諦めておらず、東京オリンピックの再招致を決意していた。
話を聞いた松澤一鶴は呆れていたが、東龍太郎だけは違っていた。
かつて戦争で敗戦したフランスがスポーツで国を盛り上げようとしたことがオリンピックの始まりだと知っていたからこそ、東は賛同したのだった。
日本のスポーツを立て直すことを誓った3人は体協の再建を進め、かつての選手たちを指導者に迎えて若手育成を行っていく。
そんな中で、田畑を同じ浜松出身の古橋廣之進という水泳の逸材が育っていった。
昭和23年(1948)、ロンドンオリンピックが開催されたが、アメリカの占領下にある日本は戦争責任もあって参加を認められなかった。
これに憤った田畑政治は、神宮プールを使用して当てつけのようにオリンピックと同じ日程で水泳大会を開催する。
すると、古橋廣之進と橋爪四郎はオリンピック優勝タイムを上回る記録をたたき出し、日本人が笑顔を取り戻すきっかけを作った。
昭和24年(1949)、前年の実績もあって水連は国際水泳連盟に復帰し、田畑がマッカーサーと掛け合って日本水泳選手は全米水泳選手権に参加した。
この大会でも古橋廣之進が世界記録を出すなど、日本選手は大活躍を見せた。
東京オリンピック招致活動
昭和26年(1951)、サンフランシスコ平和条約が締結され、日本は国際復帰。
同時に東龍太郎がIOC委員に選ばれ、日本にもオリンピック参加が認められた。
昭和27年(1952)、ヘルシンキオリンピックが開幕。
この大会で田畑は「オリンピックは金儲けになるから、敗戦国の日本はオリンピックを利用すべき」とアドバイスされた。
このため、田畑は政治家になろうと立候補することになったが、口を開けば東京オリンピックのことばかりで結局落選となってしまう。
また、田畑は1960オリンピック招致活動にも励んだが、圧倒的な投票差でローマに負けた。
しかし、田畑の情熱は全く冷めることなく、すぐに1964オリンピック招致のために動き始める。
昭和31年(1956)、メルボルンオリンピックが開幕した時、秘書に岩田幸彰を迎えていた田畑はオーストラリアで地道な活動をしていた。
結果、次回IOC総会は東京で開かれることが決定し、アジア大会も東京で開催されることが決まった。
昭和33年(1958)、田畑は総理大臣と直談判し、老朽化していた神宮競技場を改修して「国立競技場」として生まれ変わらせた。
その甲斐あってIOC総会では会長・ブランデージが「東京はオリンピックを開催する資格がある」と発言することとなった。
これに勢いを得た田畑は、次に東龍太郎に都知事選出馬を打診した。
体協会長、IOC委員でもある東が都知事になれば、組織委員会で簡単に意志統一が図れると思ったからだった。
平沢和重の伝説のスピーチで東京オリンピック決定
昭和34年(1959)、家族の反対を押し切って出馬した東龍太郎は見事都知事に当選し、田畑たちはミュンヘンでのIOC総会でのオリンピック立候補の準備を進めていく。
しかし、ここで思わぬ問題が発生した。
最終スピーチを担当することになっていた北原秀雄が運動会で転び、アキレス腱を切ったのだ。
松葉杖ではあまりにも説得力がない。
そこで北原はNHK解説委員となっていた平沢和重を代役に推薦した。
平沢は嘉納治五郎の最期を看取った人物として有名だが、本人は東京オリンピック招致はまだ早いと考えていた。
このため、田畑は必死の説得を試みる。
「一番面白いことやろう」
この言葉に、かつて嘉納治五郎が一番面白いこととして挙げた「東京オリンピック」の話を思い出した平沢。
そして迎えたIOC総会で平沢のスピーチが東京開催を決定づけることになる。
「日本は極東に位置しております。しかし、航空機の発達により「極」という字は抹消されました」
「しかし、国際理解や人間関係の心の距離感は未だ解消されたとは言えません」
「これを解消するためには人と人が直接会う事が一番であり、お互いに理解する事から世界平和が始まります。」
「IOC委員の皆さま、今こそオリンピック大会を。この五輪の紋章に表された第5の大陸・アジアで開くべき時ではありませんか!」
当初、1時間の持ち時間があったにもかかわらず、平沢は外務省参事官が用意した原稿を書き直した15分のスピーチで東京オリンピックの誘致を勝ち取った。
次回 大河ドラマ「いだてん」第41話「おれについてこい!」あらすじ
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放送後の感想について
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