いだてん|古今亭志ん生(美濃部孝蔵)ビートたけしと森山未來が大河ドラマで演じる破天荒な落語家

      2019/01/10

大河ドラマ【いだてん】
~東京オリムピック噺~

2019年NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」で登場するビートたけしが演じる『古今亭志ん生(ここんていしんしょう)』。

『古今亭志ん生』は東京オリンピックが開催されようとする中、過去を振り返る形で金栗四三の「マラソンランナー」として大成していく姿を間接的に語っていきます。

そして森山未來が演じる『美濃部孝蔵』が『古今亭志ん生』の若き日の姿として登場。

あくまで主人公は金栗四三、後半は田畑政治になっていますが、話の分量としては1年間を通してこの『古今亭志ん生・美濃部孝蔵』の人生も多く描かれ、ある意味もう一人の主人公として物語を盛り上げる役割を担っています。

この記事では、破天荒な人生を送っていく『古今亭志ん生・美濃部孝蔵』を簡単ではありますが紹介していきます。

 

出典:https://www.nhk.or.jp/

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悪ガキ・美濃部孝蔵

古今亭志ん生は1890年(明治23年)に警視庁巡査の美濃部戍行(みのべもりゆき)と志うの五男「孝蔵」として東京神田に生まれました。

美濃部家は徳川家直参の旗本でしたが、父の代で財産は使い果たして貧乏生活を送っていました。

幼少期の孝蔵は楽しみは、父に連れていかれる寄席でお菓子を買ってもらうことでした。

やがて小学校に入学した孝蔵でしたが素行が悪く、11歳の時には退学させられてしまいます。

その後、奉公に出された孝蔵でしたがどこも長続きせず、奉公先を転々とし博打、酒にどっぷりハマった生活を続けていました。

 

いつしか孝蔵は幼い頃見ていた寄席の芸事に興味を抱くようになり、素人の芸人集団などから芸を学び始めます。

そして1907年(明治40年)頃、孝蔵は三遊亭圓盛の門下に入り「三遊亭盛朝」を名乗りました。

その後、2代目・三遊亭小圓朝に入門し「三遊亭朝太」を名乗りますが、孝蔵自身は当時「名人」といわれた4代目・橘家圓喬の弟子であったと生涯語っていました。

その後、4代目・古今亭志ん生門下に移籍した孝蔵は、1921年(大正10年)に「金原亭馬きん」を名乗って真打に昇進しました。

 

出典:https://www.nhk.or.jp/

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古今亭志ん生を襲名

やがて孝蔵は3代目「古今亭志ん馬」を名乗りますが、この頃実力者だった5代目・三升家小勝に反抗したため、落語界から追放同然となります。

謝罪して何とか落語家に戻ることができましたが、孝蔵は相変わらず貧乏のまま。

移籍した初代・柳家三語楼門下では、師匠の羽織を質に出すなど無茶苦茶な行動が続きます。

孝蔵は腕はあるけど愛嬌がなく、周囲に合わせることができないハミ出し者で、「死神」などのあだ名で呼ばれていました。

そのため、孝蔵は場末の寄席を廻ってどうにか生活していたといいます。

1932年(昭和7年)頃から次第に売れ始めた孝蔵は、1939年(昭和14年)に5代目「古今亭志ん生」を襲名。

孝蔵は「三遊亭朝太」から「古今亭志ん生」まで16回も改名を繰り返していました。

 

出典:https://www.jiji.com/

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古今亭志ん生の全盛期

1941年(昭和16年)、神田花月で独演会を開始した古今亭志ん生。

客が大勢詰めかけたものの、客は噺を大人しく聞いてくれるような良い客ばかりではなかったといいます。

1945年(昭和20年)、陸軍から満州慰問の仕事を要請され、多くの芸人に交じって古今亭志ん生も満州に渡ります。

しかし、古今亭志ん生はそのまま終戦を迎えて帰国出来なくなりました。

1947年(昭和22年)になって何とか帰国した古今亭志ん生はニュースになるほど注目され、寄席だけでなく、ラジオ番組にも出演するなど、超売れっ子となっていきました。

しかし、古今亭志ん生は仕事を掛け持ちし過ぎて寄席の出番をすっぽかすこともあったようで、周囲から非難されることもあったといいます。

それでも古今亭志ん生は8代目・桂文楽と並び称され、東京落語界の二大看板として全盛期を迎えます。

 

1957年(昭和32年)、8代目・桂文楽から落語協会会長に任された古今亭志ん生。

後任の会長を選出する際には、2代目・三遊亭円歌を推す動きを知りつつも、実力重視で6代目・三遊亭圓生を後任に推しました。

このため落語協会は一時混乱しますが、対立を回避するために8代目・桂文楽が会長に復帰して落ち着き、その後2代目・三遊亭円歌が亡くなったために会長は6代目・三遊亭圓生に任せられました。

 

出典:https://www.nhk.or.jp/

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晩年の古今亭志ん生

1961年(昭和36年)、古今亭志ん生は口演中に脳出血で倒れ、3か月の昏睡状態となる。

その後、回復して復帰しましたが、古今亭志ん生の落語に以前の勢いは無くなっていました。

1968年(昭和43年)、精選落語会に出演した際、演目の途中で違う演目に変わってしまったことを長女に指摘され、以降、古今亭志ん生は高座に上がらなくなりました。

1971年(昭和46年)、妻と8代目・桂文楽が死去。

妻の葬儀でさえ涙を見せなかった古今亭志ん生でしたが、文楽の訃報には「皆、いなくなってしまった」と嘆き、号泣したといいます。

1973年(昭和48年)9月21日、自宅で逝去。享年83。

 

出典:https://www.nhk.or.jp/

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