大河ドラマ「西郷どん(せごどん)」
第27話「禁門の変」あらすじ
平成30年大河ドラマ「西郷どん(せごどん)」第27話「禁門の変」のあらすじ・ネタバレについて書いていきます。
詳細なネタバレもあるので先の展開を知りたくない方は、【ネタバレ注意】は読まないほうがいいです。
たまに、私がところどころふざけてセリフや文章を考えて書いているところがありもすが、決して本編の大河ドラマ「西郷どん(せごどん)」ではそのようなことはありもはん。
なお、放送後の感想については、別ページで書いていきますのでそちらもよろしくお願いします。
西郷どん(せごどん)
第27話「禁門の変」
NHK公式 あらすじ
長州の過激派が兵を挙げて京に押し寄せようとする中、一橋慶喜(松田翔太)は長州を討つ準備を進めていた。そんな時、長州の行く末に危機感を抱いた桂小五郎(玉山鉄二)が、吉之助(鈴木亮平)と接触し慶喜との会談を求める。吉之助は桂を信用し慶喜に長州との戦を避けよと提案するが、慶喜暗殺をもくろむ「人斬り半次郎」と呼ばれる薩摩藩士の存在を耳にする。そんな時、長州藩士が集結する池田屋を新選組が襲撃。事態は急変する。
西郷どん(せごどん)
第27話「禁門の変」
あらすじ【ネタバレ注意】
桂小五郎
元治元年(1864)3月、何か違和感を覚えつつも一橋慶喜との会見を終え、西郷吉之助は屋敷を出ると一人の物乞いと出会った。
この物乞いは長州藩の桂小五郎だったが、この時の吉之助は知る由もない。
すると桂小五郎は吉之助を試すため『長州の恨みが京を焼き尽くす。応仁の乱の再来なり』と書かれた紙くずを吉之助に投げつけた。
これを見た吉之助は「侍の本懐は戦をすることではない。民の暮らしを守ることだから安心しろ」と笑い、その場を去っていく。
これで桂小五郎は、吉之助が信用できる男だと確信した。
それからしばらくして慶喜は孝明天皇より「禁裏御守衛総督」という御所を警護する役目を命じられた。
これは慶喜が天皇直属の朝臣となったことを示していた。
すると慶喜は、長州藩を討つよう自分たちに命じて欲しいと願い出る。
一方、吉之助は戦経験のない自分がなぜ「軍賦役」に命じられたのか悩んでいた。
村田新八は冗談で「戦の先頭に立たせて殺してしまおう」という考えではないかと言う。
そんな中、慶喜の屋敷の前で会った物乞いが現れた。
長州藩士・桂小五郎と正体を名乗った物乞いは、吉之助を見るなり「長州を助けて欲しい」と願い出る。
詳しく話を聞くと、長州藩は久坂玄瑞、来島又兵衛と中心とする過激な者が挙兵して藩の無実を訴えでようとしているらしい。
そんなことをすれば、京が戦場になるのは火を見るより明らかだった。
桂小五郎は、吉之助を通じて慶喜と会い、長州藩が戦を目的としていないこと、天皇から藩へのお許しを得ることを考えていた。
しかし、慶喜の側近・平岡を殺したのは長州藩士という噂もあって、吉之助は渋った。
すると桂小五郎は、「犯人は長州ではない」と言い、新選組や京都所司代が追っている犯人の中には土佐や肥後、さらに薩摩の「人斬り半次郎」という男がいると伝えた。
そして桂小五郎は、あらためて慶喜への取り次ぎを吉之助に頼み、頭を下げ続けたため、吉之助は仕方なく承諾することにした。
その後、薩摩藩邸で吉之助は小松帯刀に会い、「人斬り半次郎」がもめ事を起こさないように注意するよう忠告した。
すぐに小松帯刀は中村半次郎に「平岡殺し」の犯人に疑われていることを伝えたが、中村半次郎は「自分ではない。濡れ衣は自分で晴らす」と藩邸から飛び出していくのであった。
人間不信の慶喜
一方、慶喜は会津藩主・松平容保から判明した「平岡殺し」の犯人の名を聞いていた。
思わぬ裏切りにあっていたことを知った慶喜は怒りを通り越して笑うしかなかった。
その夜、町人姿に変装した慶喜は、吉之助の待つ「繁の家」に向かった。
場に同席していた桂小五郎が天皇に許しを請うため口添えと願い出ると、吉之助も無駄な戦は避けたいと頭を下げる。
すると慶喜はアッサリと快諾し、幕府、薩摩、長州が組んで天皇を守ろうと呼びかけて、二人に決して裏切るなと念を押した。
吉之助と桂小五郎は慶喜の言葉に感動していたが、慶喜は不敵な笑みを浮かべていた。
その後、桂小五郎は久坂玄瑞ら長州過激派志士たちと、過激派の協力者・枡屋喜右衛門(古高俊太郎)と会い、慶喜の言葉を伝えた。
過激派は御所に火をつけ、混乱に乗じて天皇を連れ去る計画を立てていたが、桂小五郎は過激な行動を慎むように言い含める。
すると、そこに中村半次郎がやってきた。
犯人は長州藩士だと思っていた中村半次郎だったが、桂小五郎と話しているうちに互いに慶喜の命を狙っていないことが分かる。
そして桂小五郎は、去り際の中村半次郎に「吉之助のおかげで長州は救われた」と語りかけ、「薩長は同志だ」という吉之助への伝言を託した。
1カ月後、長州藩の動きを伺っていた新選組は、計画を察知して古高俊太郎を捕らえた。
厳しい拷問を受けた古高俊太郎が自白すると、新選組は過激派長州藩士らが集まる「池田屋」を強襲し、吉田稔麿や宮部鼎蔵らを斬る。
これに怒った長州藩は二千の兵を京に進めた。
これに対して、禁裏御守衛総督・慶喜は諸藩に出兵命令を出した。
薩摩藩の役目はひたすらに御所を守ることだと信じる吉之助は、戦を阻止するため慶喜の屋敷に向かう。
途中で中村半次郎と出会い、かつて自分が救った少年剣豪だと分かる吉之助。
中村半次郎から長州藩との戦を止めて欲しいと懇願されると、吉之助はますます桂小五郎を信じるべきだと確信した。
吉之助は、慶喜と会うと「長州藩と手を組むはずではなかったのか」と問うた。
しかし慶喜は、長州藩が京で武器弾薬を集めていたことを挙げ「信頼した自分たちがバカだった」と答える。
慶喜は「平岡殺し」の犯人が、同じ水戸の者だったこともあって、もはや誰も信じなくなっていた。
この事実を聞いた吉之助も、さすがにかける言葉もなかった。
禁門の変
鍵屋に戻った吉之助は、慶喜が変わってしまったと感じていた。
出兵を渋った吉之助だったが、長州軍はすでに京に入っており、幕府軍とは一触触発の状態になっている。
するとそこに「長州征討」の勅命が慶喜に下されたとの報告を受けた。
もし薩摩藩が兵を出さなければ朝敵となってしまうため、ついに吉之助は出陣を決断。
京の薩摩藩邸には薩摩から藩士たちが続々と集まり、吉之助の弟・信吾と小兵衛の姿も見えた。
「長州討つべし」と血気にはやる藩士たちに、吉之助は軍賦役として「この戦は長州と会津の私闘であって、薩摩にとっては大義名分は無い。薩摩軍は天皇を守るため、長州軍を退却させることを一番に考える」と宣言するのであった。
7月19日、長州軍が御所めがけて進軍を開始したことで、世に言う「禁門の変」の火ぶたが切られた。
薩摩軍は9つある門の一つ「乾門」を守っていたが、会津軍と桑名軍が押されていたため「蛤門」と「堺町門」に軍を割くことになる。
吉之助は「蛤門」で長州軍の大将・来島又兵衛と対峙し、大混戦の中で薩摩藩士・川路利良が来島又兵衛と討ち取った。
すると吉之助は「そこまで!」と刀を納めさせ、長州軍も刀を捨てた。
しかし、突如会津軍と桑名軍が丸腰の長州軍に襲い掛かり、現場は再び大混戦となる。
止めに入っていた薩摩軍であったが、吉之助が太ももを撃たれてしまうと薩摩軍も再び戦闘を再開。
その後、敗走した長州軍の行く手を阻もうとして幕府軍が火を放ち、京の町に広がっていった。
西郷どん(せごどん)
放送後の感想について
放送後に別ページにまとめています。