大河ドラマ西郷どん(せごどん)
慶喜の側近・平岡円四郎を殺した犯人は誰?動機は?
大河ドラマ西郷どんの第26話で、一橋慶喜(松田翔太)の側近・平岡円四郎という人物が、慶喜の身代わりとなって殺害される事件が起こりますが、この犯人を巡っては屋敷の周りとチョロチョロしていた長州藩の桂小五郎(玉山鉄二)や、吉之助が薩摩で助けた剣豪少年・中村半次郎、新選組などが疑われています。
その後、第27話では会津藩主・松平容保によって事件の真犯人が分かり、これを知った慶喜は怒りを飛び越えて笑いだし、人間不信に陥っていきます。
今回は、この事件の犯人とその動機について簡単に紹介します。
誰が犯人だ!お前か!?
被害者・平岡円四郎についてはコッチ↓
慶喜の側近・平岡円四郎を殺した犯人と動機
この事件の犯人は、一橋慶喜の実家である水戸の藩士・江幡広光と林忠五郎たち。
彼らは、文久3年(1863)に慶喜や水戸藩主・徳川慶篤(徳川斉昭の長男で慶喜の異母兄)の上洛に同行し、水戸藩や一橋家警衛世話役として京に滞在していました。
なぜ、慶喜にとっては身内ともいえる水戸の藩士たちが凶行に及んだのかというと、彼ら尊王攘夷派の水戸藩士にとっては慶喜の行動が許しがたいものだったからです。
水戸藩は、そもそも天皇を中心として外国を打ち払おうとする思想(尊王攘夷思想)が根付いていたところ。
桜田門外の変で井伊直弼が殺されると(これも水戸藩士の仕業)、それまで弾圧されていた尊王攘夷思想と持つ者が力を取り戻し、当然水戸藩士たちも息巻いていました。
このような情勢の中、孝明天皇が熱心な攘夷論者であったため、朝廷は将軍の名代として上洛していた慶喜に攘夷の実行を命じます。
江戸に戻った慶喜は表向きは攘夷を受け入れましたが、急激な攘夷実行は慶喜の本心ではなく、時間稼ぎともとれる行動をとりました。
そんな中、尊皇攘夷派の中心である長州藩が京都から追い出される八月十八日の政変が発生。
仲間を次々と失っていった江幡広光と林忠五郎ら尊王攘夷派志士たちは、攘夷をなかなか実行しない慶喜にいら立ちました。
そして江幡広光、林忠五郎ら数名は、一橋家の家老並・平岡円四郎が慶喜をそそのかし、裏で攘夷派駆逐の実行しているのではなないかと考えて斬殺してしまったのです。
ちなみに、この犯人二人は天然裡心流の使い手・川村恵十郎によってその場で討ち取られています。
大河ドラマの中では「犯人は誰だ?」という時間があるのですが、これは完全に創作ということになります。
また、平岡円四郎は慶喜の身代わりで殺されたようになっていますが、さすがに犯人たちも主君筋である慶喜を手にかけることは考えていなかったはずです。たぶん。