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歴史大好き葦尊彦による世の中のしょうもないことを前向きになるべく面白く考えていこうというお話。

大河ドラマ西郷どん(せごどん)愛加那(あいかな)二階堂ふみが演じる島妻は失意の西郷を蘇らせた菊次郎を産んだ2番目の妻

      2018/01/14

大河ドラマ西郷どん(せごどん)
愛加那(あいかな)

大河ドラマ西郷どんで、二階堂ふみが演じるのが奄美大島へ島流しされた西郷吉之助(隆盛)を懸命に支えた2番目の妻・愛加那(あいかな)。

失意の西郷と、生命力に満ち溢れる愛加那(あいかな)は恋に落ち、やがて結婚。

約2年間の結婚生活でしたが、菊次郎、菊草の二人の子供をもうけました。

今回は、「島妻」という悲しい運命にありながらも西郷を愛し続けた愛加那(あいかな)について簡単に紹介します。

ちなみに私は、改めて愛加那を調べてみて普通に泣いてしまいました(泣)

 

 

出典:https://news.walkerplus.com/

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愛加那(あいかな)

愛加那は、西郷隆盛の2人目の妻で奄美大島での島妻。

父は奄美大島・龍郷の名家「龍」家の一族、龍佐恵志(りゅう・さえし)で、母は枝加那(えだかな)。

幼名は、於戸間金(おとまがね)。

「於」は尊称、「戸間」が名前、「金」は加那の古称で本土で言えば「子」にあたる。

のち西郷と結婚したときに「愛」の名を与えられ、愛加那となった。

 

安政5年(1858年)、安政の大獄で幕府から追われた西郷は尊攘派の僧・月照と錦江湾に飛び込んだが、一命をとりとめて奄美大島に送られた。

ちなみに西郷の島流しは、罪人としての「遠島」ではなく、幕府の目から逃れるための「潜居」である。

西郷は「菊池源吾」と名を変え、藩から禄をもらって龍郷の借家で暮らし、弟の西郷吉二郎からも品物が届くなど普通の暮らしを営むことができた。

そんな西郷と愛加那は、安政6年(1859年)に結婚する(西郷31歳、愛加那23歳)。

文久元年(1861年)には、二人の間に菊次郎が誕生。

「菊」の字は西郷の島での名「菊池源吾」からとったもので、 「次郎」としたのは、以前に西郷は藩の密命を受けて台湾を偵察していた際に、当地の女性が西郷の子を産んでいるからである。

ちなみに、この菊次郎の兄にあたる男は「呉意」といい、明治35年(1902)に台湾の宜蘭支庁長となった菊次郎は呉意を探し出し、台湾在任中は「兄」として歓待している(菊次郎41歳、呉意51歳)。

 

 

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文久元年(1861年)、龍郷の新居が完成して家族で引っ越すが、翌日に藩から西郷へ召喚命令が届く。

しかし、薩摩藩には島妻制度(女性の人権を無視した酷い制度)があり、西郷は島妻の愛加那を連れ帰ることはできない。

西郷は、妊娠中の愛加那に対し、新築の屋敷と田を与えて龍郷を離れた。(結婚生活は約2年間で終了)

 

文久2年(1862年)、藩命で呼び戻された西郷は、島津久光の上洛にあたり命令違反を犯し、鹿児島帰還からわずか2カ月後に捕縛され、「大島吉之助」へ改名のうえで徳之島への「遠島」の藩命が下った。

西郷は龍郷の島役人に手紙で、愛加那が徳之島に渡りたいと言っても、決して来させないようにと書いている。

この頃、愛加那は西郷の娘・菊草を生む。

西郷が徳之島にいることを知った愛加那は、自分も徳之島へ移ることを決めた。

一方、西郷も大島の役人からの手紙で娘の誕生を知るが、愛加那が決して渡海しないようにと返事を書いている。

この中、愛加那は菊次郎と菊草を連れて、徳之島の西郷のもとへ渡った。しかし、すでに西郷には徳之島から沖永良部島への「遠島」命令が出されており、愛加那が徳之島に渡った翌日にこの遠島命令が届き、愛加那は奄美大島に戻った。

奄美大島・龍郷に戻った愛加那親子の面倒は、赤山靱負の弟・桂久武らが見ており、西郷は多くの礼状を書いている。

 

 

出典:https://blogs.yahoo.co.jp/

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西郷が囚人として沖永良部島にいたのは1年半。文久3年(1863年)に西郷が書いた手紙では、もし罪が赦されたら隠居して龍郷で暮らすつもりだと書いている。

元治元年(1864年)、西郷は再び藩命によって召喚され、沖永良部島を発つ。

西郷は鹿児島に戻る途中、奄美大島の龍郷に寄り、3泊4日を愛加那たちと過ごした。これが愛加那と西郷の今生の別れとなった。

元治2年(1865年)、西郷は岩山糸と結婚。

西郷は結婚直後、龍郷の島役人に手紙で愛加那たちが厄介になっている礼を述べ、反物2反を送るので子にお渡しくださいと頼んでいる。

西郷は戊辰の役で勝利して鹿児島に凱旋したあと、隠居するつもりであったが、明治2年(1869年)に薩摩藩主・島津茂久(忠義)に請われ、藩の参与に就任。西郷は龍郷の島役人に奄美大島に行くことができなくなったことを手紙で詫び、愛加那たちが世話になっていることに厚く礼を言っている。

その後、菊次郎(8歳)が鹿児島の西郷家に引き取られる。(西郷41歳、愛加那33歳頃)

明治4年(1871年)、菊次郎(10歳)は西郷に連れられて東京に移り、翌年にはアメリカ留学に出発した。

明治6年(1873)、西郷は愛加那に手紙を送り、菊次郎がアメリカに留学していることを伝え、菊次郎の写真同封して、菊草と共に本土にくるように頼んでいる。

明治7年(1874)頃、菊草(12歳)が鹿児島の西郷家に引き取られる。

明治10年(1877)、西南の役で西郷が死亡。西郷軍として出征した菊次郎(16歳)は右足に銃弾を受け、膝下を切断する重傷を負ったが西郷家の下男・永田熊吉に助け出され政府軍に投降した。

 

 

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明治13年(1880)、菊草(17歳)が大山誠之助と結婚。菊次郎は奄美大島に帰って母・愛加那と暮らした。

明治17年(1884)、菊次郎(23歳)が外務省入省のため奄美大島から東京へ移る。

明治28年(1895)、日清戦争後、菊次郎は台湾に赴任する際に奄美大島に立ち寄り、母・愛加那を訪ねている。

明治31年(1898)、屋敷の庭に西郷の記念碑が建立され、愛加那も記念式典に参列。

明治35年(1902年)、愛加那は雨の降るなか一人で畑に行き、農作業の途中で倒れてそのまま息を引き取った。享年65歳。

愛加那は生涯、奄美大島を出ることなく、西郷にもらった家で暮らしていた。

 

 

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