大河ドラマ西郷どん(せごどん)井伊直弼 安政の大獄!桜田門外の変!直虎、政次、直政が繋いだ井伊家が巻き起こす幕末の大事件 | おもしろきこともなき世をおもぶろぐ

大河ドラマ西郷どん(せごどん)井伊直弼 安政の大獄!桜田門外の変!直虎、政次、直政が繋いだ井伊家が巻き起こす幕末の大事件

      2018/05/23

大河ドラマ西郷どん(せごどん)
井伊直弼

大河ドラマ西郷どん(せごどん)で、佐野史郎が演じるのは井伊直弼。

佐野史郎は昨年の大河ドラマ「おんな城主直虎」でも今川の軍師・太原雪斎を演じてましたから連続出演となります。

さて、「おんな城主直虎」で取り上げられた井伊家ですが、今回の「西郷どん」においては完全に悪役のイメージ。

井伊直虎、小野政次、井伊直政らが命を懸けて守り繋いできた井伊家の末裔・井伊直弼は、幕末において大事件を巻き起こしました。

個人的には、この時代にいち早く日本を開国に導いたことは、評価されてもいいはずだと思っていますが、ちょっとやり方が強引というか、極端すぎたのかな?

そもそも「おんな城主直虎」でも直虎、直政のやり方も強引かつ極端でしたよね。そういう血筋なんですよ。きっと(笑)

今回は、幕末における最強最悪の悪役・井伊直弼について簡単に紹介します。

 

 

井伊直弼役 佐野史郎

出典:https://www.nhk.or.jp/

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井伊直弼

井伊直弼は、近江彦根藩の第15代藩主。

文化12年(1815年)、第13代藩主・井伊直中の十四男として誕生した。

母は側室のお富。幼名は鉄之介、鉄三郎。

 

兄弟も多かった井伊直弼は、父が死んでから世捨て人のように暮らしていた。

弘化3年(1846年)、第14代藩主となっていた兄・井伊直亮の世継ぎが死去したため、井伊直弼は兄の養子となって彦根藩の後継者となる。

嘉永3年(1850年)に井伊直亮が死去すると、井伊直弼は家督を継いで藩主となった。

藩主となった井伊直弼は、領民に対する哀れみの心を持った素晴らしい領主であると吉田松陰も言っている。

 

 

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江戸に上がった井伊直弼は、嘉永6年(1853年)に黒船来航に伴う江戸湾防備に活躍したが、その後に老中首座・阿部正弘に開国を主張する。

このころ阿部正弘は、幕政に積極的に雄藩(徳川斉昭、松平慶永ら)を関わらせて、斉昭を外交顧問としていた。

斉昭は極端な攘夷論者であったため、開国派であった井伊直弼と日米和親条約の締結をめぐって激しく対立。

斉昭は阿部正弘に要求し、井伊直弼と仲の良い開国派の老中を解任した。

これに井伊直弼は、猛烈に抗議して開国派の老中をすぐに補充するよう要求したため、阿部正弘は要求に応じて開国派の堀田正睦を老中首座に起用して対立を収束させた。

 

安政4年(1857年)、阿部正弘が死去すると、堀田正睦は直ちに開国派の老中を再任し、幕政は開国に一気に傾く。

さらに井伊直弼は、第13代将軍・徳川家定の後継問題で紀伊藩主の徳川慶福を推挙して、一橋慶喜を推す一橋派の斉昭との対立を深めた。

 

 

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その後、堀田正睦が孝明天皇からの条約勅許獲得に失敗したため、堀田正睦は松平春嶽を大老に就けて対処したいと将軍・家定に進言した。

しかし家定は、家柄からも人物からも大老は井伊直弼しかいないと答えて、井伊直弼は大老に就任することになった。

井伊直弼は勅許なしの条約調印に反対していたが、ハリスの元に派遣された使者が孝明天皇の勅許を得られぬまま、やむなく日米修好通商条約を調印してしまう。

これに憤慨した一橋派は井伊直弼を責め立てたが、家定の後継問題で徳川慶福が後継になることが決定して完全敗北。

慶福は徳川家茂と名を改めて征夷大将軍の宣下を受けた。

 

 

出典:https://www.instagram.com/

 

 

その後、井伊直弼の対応に憤った水戸藩士らが朝廷に働きかけ、孝明天皇は幕府に攘夷実行せよとの戊午の密勅を水戸藩に下した。

幕府にも同様の勅書は届いていたが、水戸藩に直接勅書が渡されたことは、幕府がないがしろにされたということであるため、井伊直弼は激怒して調査を開始する。

井伊直弼は、戊午の密勅の首謀者を梅田雲浜と断定し捕縛し、密勅に関与した人物の次々に摘発し厳しい取り調べを行った。

さらに井伊直弼は、抗議のため無断で江戸城に登城した一橋派(一橋慶喜、徳川斉昭、松平慶永)を処罰し、自分の方針に逆らう老中も免職にしていった。

井伊直弼による一連の弾圧を安政の大獄という。

 

 

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さらに井伊直弼は安藤信正を老中に起用して、水戸藩に戊午の密勅の返納を催促。

水戸藩主・徳川慶篤に対して、水戸藩を改易すると強固な姿勢を見せた。

これに水戸藩士は激昂、脱藩して直弼襲撃計画を企てはじめる。

この水戸藩脱藩浪士の計画は幕府側も知っていたが、井伊直弼は大老を下りようとはしなかった。

 

安政7年(1860年)、井伊直弼は雪の中、駕籠に乗って藩邸から江戸城に向かった。

行列が桜田門に近づいた時、水戸脱藩浪士17名と薩摩藩士の有村次左衛門(有村俊斎の弟)の計18名が襲撃。

最初に短銃で撃たれた井伊直弼は重傷を負い、駕籠から動くこともできず周りの者も斬られてしまう。

そして瀕死となった井伊直弼は、駕籠から引きずり出されて首を刎ねられた。享年46歳。

この事件が桜田門外の変である。

事件の早朝、彦根藩邸に水戸藩浪士の襲撃を密告する投書があったにも関わらず、井伊直弼は護衛を厳重にすることなく出発して変にあったといわれている。

 

 

直弼も、あの碁石を持っていたかな?

出典:https://www.instagram.com/

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