大河ドラマ西郷どん(せごどん)
西郷星
大河ドラマ西郷どん(せごどん)の最終回で西郷隆盛が非業の死を遂げたあと、共に江戸城無血開城を果たした勝海舟が夜空を見上げ「龍馬とよろしくやっているか、西郷どん・・・」とひときわ輝く星に語りかけます。
この勝海舟が語りかけていた星は当時「西郷星」と呼ばれ、西郷隆盛の死を悼んだ民衆たちの間で噂になっていました。
下の記事では、西郷隆盛が中にいるという伝説を残した「西郷星」と、火星の最接近について簡単に紹介しています。
出典:https://ja-jp.facebook.com/
西郷星☆
明治10年(1877)2月に起こった西南戦争の様子は、当時の新聞や錦絵で全国に伝えられていた。
戦争は9月24日に西郷隆盛の死によって終わりを迎えたが、終結前の混乱期に夜空に明るく輝く星の中に陸軍大将の正装をした西郷隆盛が見えるという噂が流れ始め、星は「西郷星」と呼ばれた。
この「西郷星」は火星のことで、9月3日に地球へ大接近していたため、ひときわ輝いて見えたものだった。
当時の庶民はこれが火星である事は知らず、これに便乗して「西郷星」を描いた錦絵が何種類も売り出されて人気を博していたとエドワード・モースの9月8日の日記に記されている。
火星は最接近の日(9月3日)だけに見えるわけではなく、西郷隆盛が死んだ9月24日以降も明るく輝いていたと考えられ、戦争終結後も西郷隆盛の死を悼む人々の間で「西郷星」の噂は流布されていった。
また、この同じ頃に土星が火星に接近する天体現象も起こっており、土星は西郷隆盛に最後まで付き従い、共に戦死した桐野利秋にちなみ「桐野星」と呼ばれた。
「半七捕物帳」で知られる作家・岡本綺堂は『西郷星』という短い随筆の中で、余談として当時はおもちゃの鍋を「西郷鍋」として売り歩く男がいたことがいたことを書いている。
怪しげな服に紙でできた金モールを張り、付け髭をした男が鍋を売り歩き、けっこう繁盛していたという。
さらに「西郷糖」というお菓子まであったともいわれ、星になった西郷隆盛は死んでもなお、人々の心の中に住み続けていた。
偶然か必然か、西郷どんが放送されている2018年は火星最接近の年でした。
火星の最接近
2018の「西郷星」の最接近
2018年は、1月1日の時点では地球と火星は約3億km離れており、非常に小さい星にしか見えませんでした。
しかしその後、地球が火星に近づくにつれて次第に大きくなり、7月31日16時50分には5,759万kmの距離まで最接近。
このとき火星の明るさはマイナス2.8等となり、木星よりも明るく輝きました。
ただし、この最接近の時刻には日本の空にはまだ火星は上っておらず見えませんでした。
しかし、最接近前後の数週間は地球と火星は並んで公転しているため、6月下旬から9月上旬頃まで非常に明るく輝いていました。
次回以降の「西郷星」の最接近は?
次回の最接近は2020年10月6日で、6,207万kmの距離まで接近します。
2018年よりも少し遠い位置で最接近となるものの、明るさはマイナス2.6等もあり見ごたえは抜群。
今回を超える明るさを見たい方は、2035年まで待ちましょう。
西郷どん(せごどん)あらすじ
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