辺見十郎太|大河ドラマ西郷どん(せごどん)西郷隆盛に助けられた体育会系の問題児の生涯を簡単に紹介!

   

大河ドラマ西郷どん(せごどん)
辺見十郎太

大河ドラマ西郷どん(せごどん)で、持永雄恵が演じるのが元薩摩藩士で西郷隆盛を慕う「辺見十郎太」という人物。

戊辰戦争で活躍した「辺見十郎太」ですが、どうやらこの人は問題児としてのクセが強く、ザ・体育会系の悪童というべき男。

今でもよく元オリンピック選手がパワハラでとか、女性問題でとか、そういうやつですww。

この記事では、西郷隆盛も飼いならすのに苦労したであろう「辺見十郎太」について簡単に紹介していきます。

 

出典:https://rock33014.at.webry.info/

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辺見十郎太

辺見十郎太は名を「昌邦」といい、嘉永2年(1849)に辺見仲直の長男として薩摩で生まれた。

身長は6尺(約180センチ)もあり、薬丸自顕流の達人でもあった辺見十郎太は、その風貌から三国志の張飛のように描かれたこともあったという。

幕末の動乱の折、辺見十郎太は別府晋介らと同じく、戊辰戦争のときに薩摩藩二番小隊長として参加し、その後も東北各地を転戦して活躍。

明治維新後は鹿児島常備隊小隊長となり、のちに篠原国幹の下で近衛陸軍大尉となった。

辺見十郎太は明治6年(1873)に皇居が火事になった際に、新宿の妓楼で遊女たちと遊んでいたために救援に間に合わず、同僚から糾問され、切腹まで迫られた。

この時、西郷隆盛に助けられて、以後は心を入れ替えて職務に努めるようになったという。

 

出典:https://blogs.yahoo.co.jp/

 

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征韓論争で敗れた西郷隆盛が辞職して下野すると、辺見十郎太も辞職して鹿児島に戻る。

その後、鹿児島では青年教養のための私学校設立にも尽力し、県令・大山綱良(格之介)のもと宮之城郷の区長も務めた。

明治10年(1877)に西南戦争が起こると、辺見十郎太は薩摩三番大隊一番小隊長として出征。

熊本城攻囲戦で活躍した辺見十郎太は、こののちに雷撃隊大隊長となった。

常に先陣をきって突撃する辺見十郎太は部下からの信頼も厚く、勇猛な姿を率先して示すことで隊の士気を高めていた。

一方、退却する味方には厳しく、斬り殺して部下にその生き胆を食べさせて「お前らもこうなるぞ」と脅していたという。

西郷隆盛最期の地・城山での戦いでは、西郷隆盛の介錯を務めた別府晋介と刺し違えて死んだとも、突撃して戦死したとも伝えられる。享年29。

 

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