大河ドラマ西郷どん(せごどん)ハリス 家定の奇行にドンびきした駐日総領事は日米修好通商条約を締結させた生涯独身・童貞の厳格な男 | おもしろきこともなき世をおもぶろぐ

大河ドラマ西郷どん(せごどん)ハリス 家定の奇行にドンびきした駐日総領事は日米修好通商条約を締結させた生涯独身・童貞の厳格な男

      2018/05/23

大河ドラマ西郷どん(せごどん)
タウンゼント・ハリス

大河ドラマ西郷どん(せごどん)の第14話で、将軍・徳川家定と謁見を果たすアメリカ総領事・タウンゼント・ハリス。

家定の奇行に、ドンびきしてしまうハリスですが、大統領の親書をなんとか渡して任務完了。

その後、このハリスは日米修好通商条約を締結させるため幕府と折衝を重ねます。

今回は、のちに条約締結を成し遂げ、初代駐日公使となったタウンゼント・ハリスについて簡単に紹介します。

 

 

出典:http://www.irashadiary.com/

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タウンゼント・ハリス

タウンゼント・ハリスは、1804年にジョナサン・ハリスの六男として生まれた。

貧しい家庭環境の中、ハリスは中学卒業後にに父や兄の陶磁器輸入業を助ける一方で、図書館に通いフランス語、イタリア語、スペイン語を習得した。

そして教育活動に目覚めたハリスはニューヨーク市の教育局長となり、高等教育機関「フリーアカデミー」を創設して貧困家庭の子供たちの教育向上に尽力。

しかし、家業の経営悪化などがあり辞職したハリスは貿易業での再起を図り、東アジアに目を向けた。

1853年にペリー率いる東インド艦隊が清に滞在していることを知ると、ハリスはペリーに対して日本への同乗を望む。

しかし、軍人でなかったため許可を得られず、ハリスはコネを使ってアメリカ政府に運動、さらに1854年に台湾に関するレポート「台湾事情申言書」を提出。

帰国したハリスは日米和親条約の11条に目をつけ、政界人の推薦状を得て、ついに初代駐日領事に任命される。

ハリスは日本との通商条約締結のための全権委任を与えられ、オランダ語通訳にヒュースケンを雇って1856年に(安政3年)に下田へ入港した。

 

下田玉泉寺に領事館を構えたハリスは、大統領の親書の渡すため江戸行きを望むが、幕府は徳川斉昭らの攘夷論者が反対し留保。

この頃、幕府はハリスの江戸出府を引き止めさせるため、ハリスに対して篭絡しようと芸者のお吉という女性を派遣しているが、意図を見抜いたハリスは激怒してお吉をすぐに解雇している。

江戸出府が叶わなかったハリスは、下田で和親条約改訂のため交渉を行って1857年(安政4年)に下田協定を調印させ機会を探った。

 

 

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その後、アメリカ軍艦が下田へ入港すると、幕府は危機感を感じハリスの江戸城への登城を許可。

するとハリス、ヒュースケンらは13代将軍・徳川家定に謁見して即時通商を要求した。

通商条約締結に二の足を踏んでいた幕府官僚たちであったが、ハリスはイギリスなど諸外国の日本侵略が間近に迫っていると危機感を煽り、1858年(安政5年)に朝廷の勅許無しでの日米修好通商条約締結を成功させる。

 

これによって初代駐日公使となったハリスは、ヒュースケンの殺害事件など治安の悪化から通商条約に基づく江戸の開市について延期をアメリカ本国に進言。

これに対し、リンカーン大統領はヒュースケン殺害の補償までは開市延期はしないと通告してきたため、ハリスは幕府と交渉して補償の合意を取り付け、なんとか開市延期を決定した。

 

1862年(文久2年)、幕府は留任を望んでいたがハリスは病気を理由に辞任。

ハリスは帰国後に業績を表彰され、生活補助金を支給されて静かに暮らし、1878年に74歳で死去した。

生涯独身、生涯童貞であったハリスは、日本の混浴の習慣は「このような品の悪いことをするのか判断に苦しむ。」と述べている。

 
 

 

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