麒麟がくる|松平広忠(浅利陽介)犯人は誰?謎の死を遂げた家康の父

      2020/02/04

大河ドラマ麒麟がくる
松平広忠

大河ドラマ「麒麟がくる」では、浅利陽介が演じる「松平広忠」が登場してきます。「松平広忠」は竹千代の父、つまりは徳川家康の父として決して無能ではない人物なのですが、なぜかこの浅利陽介が演じると少し頼りない武将に見えてしまいますね。やはり、これまでの大河ドラマで2度も『小早川秀秋』を演じてきたからでしょうか?wこの記事では決して無能ではないものの、今川氏をスブスブの関係を築き、登場してあっという間に殺されてしまうw「松平広忠」について簡単に紹介していきます。

 

出典:https://www.nhk.or.jp/

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松平広忠(?~1549)

松平家の混乱

松平広忠は三河国の統一を果たした松平清康の子として岡崎城で生まれました。生年は諸説あり。

天文4年(1535)、「森山崩れ」により父・清康が殺されたとき、広忠はまだ10歳前後でした。

そんな中、広忠の大叔父にあたる松平信定が岡崎を抑えると、隠居していた曾祖父・松平長親はこれを黙認し、やがて広忠の殺害まで計画するようになりました。

天文8年(1539)、広忠は松平一族の争いから避けるため、家臣の阿部定吉に連れられ、吉良持広の手引きで伊勢国・神戸に匿われることとなります。

広忠はここで元服し、吉良持広の「広」の字をとって「広忠」と名乗ったといいます。

しかし、この吉良持広が死去すると、跡を継いだ養嗣子の吉良義安が織田氏に加担するようになったため、再び広忠は阿部定吉に連れられて三河に逃亡しました。

三河に戻ったものの岡崎城への帰参は叶わず、隠れる日々が続いていた広忠。

岡崎奪還のため、阿部定吉が取った策は駿府の今川義元に協力を仰ぐことでした。

するとこれが功を奏し、広忠は天文9年(1540)に今川義元の計らいで三河・牟呂城に移されることとなります。

この広忠の三河入りによって三河国内では譜代衆から復帰を望む動きが活発化。

やがて松平信孝・松平康孝の支援された広忠は岡崎へ帰城し、対立してきた大叔父・松平信定を降参させて、三河は晴れて広忠が治める国となりました。

 

 

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織田氏との抗争

今川氏の協力を得て岡崎城の戻った広忠は、その後は今川氏に臣従することとなり、さらなる関係強化のために嫡男・竹千代(徳川家康)を人質として送ることを決めました。

しかし、その護送中、家臣の裏切りによって竹千代は三河侵略を目論む尾張の織田氏に奪われてしまいます。

それでも広忠は竹千代の命を顧みず、織田氏との抗争に明け暮れ、天文17年(1548)の小豆坂の戦いでは今川氏の援軍もあって織田軍を打ち破りました。

しかしこの直後、広忠は24歳で謎の死を遂げ、桶狭間の戦いののちの松平元康(徳川家康)の独立まで岡崎城は主を持たない城となってしまいました。

広忠の死の原因は、病死、一揆による殺害、織田信秀の刺客によって殺されたなど様々な説が伝わっています。

 

出典:https://mantan-web.jp/

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