大河ドラマ西郷どん(せごどん)
警保寮
大河ドラマ西郷どん(せごどん)の第44話では、鹿児島県令となっていた大山綱良(格之助)が政府を辞めて鹿児島に押しかけてくる士族たちに困り果てています。
西郷隆盛を政府から追い出した大久保利通のやり方に憤りを感じていたこの薩摩の不平士族たちは、「警保寮」に務めていた者たちだと大山は語っています。
この記事では、のちに西南戦争の主力としてかつての組織の仲間同士で戦うこととなる「警保寮」と、警察組織の変遷について簡単に紹介しています。
警保寮
「警保寮」とは大久保利通が設立した内務省の内部部局で、警察部門を所管する現在の警察庁に相当する組織。
内務省設立前の明治5年(1872)、「警保寮」は司法省に設置されていた。トップの役職は『警保頭』。
明治7年(1874)に内務省が設立されると「警保寮」は司法省から内務省に移管される。
その後、明治9年(1876)に「警保寮」は廃止となり、新たに「警保局」が設置された。
トップの役職は『警保局長』で、橋本左内と親友だった元越前福井藩士・村田氏寿が務めた。
西南戦争が直前に迫った明治10年(1877)1月11日、「警保局」は廃止され、新たに「警視局」が設置された。
トップの役職『大警視』は元薩摩藩士・川路利良が務め、内務卿・大久保利通の命を受けた川路は鹿児島に中原尚雄らと密偵として送るなどしている。
また、西南戦争時には陸軍の後方支援を目的として警察官から「警視隊」が編成された。
さらに激戦地となった田原坂では「警視隊」から剣術に秀でた者が「抜刀隊」として選抜され、戦闘でも活躍した。
西郷どん(せごどん)あらすじ
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