麒麟がくる
あまが池
大河ドラマ「麒麟がくる」の第9話では美濃と尾張の和議が成立し、織田信長(染谷将太)と帰蝶(川口春奈)は祝言をあげることになりますが、この祝言をこともあろうに信長がすっぽかすという事件が発生します。
信長は「あまが池」でのバケモノ退治のために、祝言をすっぽかしたと理由を語っていますが、この記事ではもう少し詳しく信長のあまが池での大蛇退治伝説について説明していきたいと思います。
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あまが池 信長大蛇退治伝説とは
『あまが池』は佐々成政の居城だった比良城の東南にあった池。現在も名古屋市西区比良に現存しています。
このあまが池での信長大蛇退治伝説は弘治元年(1555)頃の話とされているので、大河ドラマ麒麟がくるの第9話の設定である天文18年(1549)とはかなり差異があります。
ドラマの中でどうしても入れたかった話だったのでしょう。
さて、信長大蛇退治伝説ですが、この1555年の1月中旬、雨が降った夕刻に安食村の又左衛門という男が『あまが池』の堤で 太くて大きな黒い大蛇を見つけたところから始まります。
又左衛門は大蛇が堤で横たわりながら、首は堤を越えて『あまが池』の方を向いていたと語っています。
しかし、人の気配を感じた大蛇がこちら振り向いたため、又左衛門は恐ろしくて逃げ出しました。
そして村に戻った又左衛門はこの大蛇を、「顔は鹿のようで眼は星のように光り、手のひらぐらいの大きさの赤い舌を出していた」と話したのです。
この恐ろしい大蛇が出るという噂はまたたく間に広がり、1月下旬には清洲城下でも噂で持ちきりとなったといいます。
当然、噂は信長の耳にも入り、信長はただちに又左衛門から話を聞いて自分が退治してやると言い出しました。
そして信長は周辺の村人を駆り出して『あまが池』に向かい、大蛇を生け捕りにしようと人海戦術で池の水を汲み出すよう命じました。
戦国版「池の水ぜんぶ抜く」ですね(笑)
しかし、元来せっかちな信長は池の水がなかなか減らないためにイライラし始め、池の水を7分程減らした時にしびれを切らして脇差を口にくわえ、池に飛び込みます。
1月なのに(笑)
このあと水練が達者な鵜左衛門という男も信長に続いて池に入りますが、又左衛門が見たという大蛇は見つかりません。
結局、信長は「あまが池に大蛇はいない」と片付け、さっさと清須城へ引き上げていきましたとさ。
この話は、何事も徹底的にやらなければ気が済まない信長の性格、迷信などを信じない信長のリアリストとしての性格を表すエピソードとして語られています。
元々、大蛇の噂などを信じていない信長は、水を汲み出す名目で多くの村人を集め、その目の前で自分が池に入って証明するというパフォーマンスだったのかもしれません。
ちなみにこの事件以降、『あまが池』は蛇池と呼ばれるようになったといいます。
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