麒麟がくる|細川晴元(国広富之)三好長慶との権力争いに敗れる最後の管領

      2020/01/31

大河ドラマ麒麟がくる
細川晴元

大河ドラマ「麒麟がくる」で国広富之が演じるのが、足利幕府の中で権勢を誇っていた管領「細川晴元」。この「細川晴元」が登場する天文17年(1548)は、晴元にとってターニングポイントとなった年で、家臣であった三好長慶が勢力を伸ばして権力を奪い取ろうとした時期でした。この記事では三好長慶、松永久秀の裏切りコンビに手をやいていた権力者「細川晴元」について簡単に紹介していきます。

 

出典:https://www.instagram.com/

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細川晴元(1514~1563)

応仁の乱後の細川家は管領・細川政元がライバルの畠山政長を殺害し、1494年に足利義澄を将軍に擁立して実権を握ることに成功しました。

しかし政元の死後は、細川澄之、細川澄元、細川高国という3人の養子が将軍家を巻き込んで家督を争い、畿内は混乱状態となります。

細川晴元は永正11年(1514)に澄元の子として生まれましたが、父は高国との政争に敗れて阿波に逃れて死去。

7歳で家督を継いだ晴元は、13歳の時に三好元長らに推されて挙兵して堺に上陸。

享禄4年(1531)に高国を倒して権力の奪取に成功します。

翌年、晴元は不和になった三好元長を攻めて自害させますが、その息子の長慶は木沢長政の取りなしで家臣に取り立てました。

その後、しばらく晴元の天下が続きましたが、天文12年(1543)になって高国の養子・氏綱が挙兵し、再び抗争が始まります。

この抗争では三好長慶が頭角を現して活躍しましたが、5年後にはこの長慶が氏綱側に寝返ってしまい、劣勢となった晴元は天文18年(1549)に敗北。

この結果、晴元は将軍・足利義晴とその子・義輝と共に近江に逃れ、幕府の実権は長慶に奪われてしまいました。

実質、この晴元の敗北と長慶の台頭で、足利幕府を長年支えていた管領職は消滅したといえます。

しかし、晴元はその後も足利義輝と擁して長慶と戦いましたが、永禄4年(1561)に晴元は長慶と和睦して隠居し、2年後に死去しました。享年50。

 

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