大河ドラマ西郷どん(せごどん)
「江戸詰め」と「庭方役」とは
大河ドラマ西郷どん(せごどん)の第10話で江戸にいた西郷吉之助は、島津斉彬から「庭方役」という役目を命じられました。
江戸に来た当初は、庭掃除をしていた吉之助でしたが、この「庭方役」に任じられたことによって様々な人物と交流が可能となり、のちに薩摩藩にとって吉之助の存在が大きな意味を持っていきます。
今回は、西郷吉之助の活躍の足掛かりとなった「江戸詰め」、「庭方役」について簡単に紹介していきます。
江戸詰め(江戸番)
「江戸詰め(江戸番)」とは、江戸時代に参勤交代の制度に基づいて、諸藩の大名・家臣が江戸にある藩邸で勤務したことをいう。
主な業務としては、幕府や他藩との渉外・折衝や情報交換、生活するための食糧や日用品の手配、国許との連絡などがあった。
この「江戸詰め」には、藩の予算の50%~70%が費やされ、慢性的な財政赤字を招いていた。
庭方役
「庭方役」とは本来、庭の手入れや掃除をする役職をいうが、薩摩藩における「庭方役」は、幕府の「御庭番」にならって島津斉彬が新設したポストで、藩主に付き添い密命を受けて対外折衝にあたり、情報収集、報告を行う重要な役目を持っていた。
業務内容は、前述の「江戸詰め」と同じであるが、この頃は下級武士は他国藩主や家老と会おうとしても門前払いをくらい、会うためにはめんどくさい手続きや審査があった。
しかし「庭方役」は、藩主の手足となって動いているため、幕府高官や他国藩主に対しても手続き不要で面会が可能であった。
西郷吉之助は最初、庭先で命令を聞くだけの役目だったが、次第に斉彬の座敷に招かれて長時間話し込み、スケールの大きい話ができるようになった。
そして吉之助は、藩主や家老と渡り合えるほどの見識を磨いて、他国との人脈を築き「薩摩の宝」と呼ばれるほどまで成長していく。
このことが、のちの薩摩藩の政治運動には「西郷吉之助が必要不可欠である」となったのである。