大河ドラマ西郷どん(せごどん)
井上馨と尾去沢銅山事件
大河ドラマ西郷どん(せごどん)の第42話、西郷隆盛は留守政府を預かり仕事に追われていましたが、政府内では後藤象二郎、板垣退助ら「土佐」と江藤新平、大隈重信ら「肥前」が主導権を主張し始め、長州閥の山縣有朋の汚職事件も相まって全くまとまりを欠いていました。
このような状況の中、大久保利通の帰国までは新たな政策を行わない約束を交わしていた西郷は信用を失った政府のため、やむなく改革を決意しました。
その矢先、大久保から大蔵省を任されている大蔵大輔の井上馨の汚職事件が発覚し、「土佐」と「肥前」のメンバーがブチギレ。
下の記事では西郷が井上馨を切り捨て、留守政府の結束を促す原因となった「尾去沢銅山事件」について簡単に紹介していきます。
尾去沢銅山事件
江戸末期、国内の藩のほとんどは財政危機に陥っていた。
東北地方においても例外ではなく、南部藩は資金調達のため御用商人・村井茂兵衛から多額(約五万五千円)を借入れていた。
この時代、藩が商人から金を借りる場合、身分制度からくる慣習から証文は文面上「藩から商人に貸し付ける」形をとっていた。
明治元年(1869)、南部藩は日本の主力銅山の一つ「尾去沢銅山」の採掘権を村井茂兵衛に渡し、その後の廃藩置県で藩の借財は明治新政府に引継がれていく。
長州出身で明治新政府の大蔵大輔・井上馨はこの「尾去沢銅山」に目をつけ、「村井が藩から借財している」として証文を元に村井茂兵衛に即時新政府への返済を求めた。
金を貸した上、逆に返済せよとの横暴な命令を受けた村井茂兵衛は、仕方なく年賦返済を願い出たが井上馨はこれを拒否。
結局、返済不能をもって大蔵省は「尾去沢銅山」を差し押さえ、村井茂兵衛は破産となってしまった。
さらに、こののち井上馨は「尾去沢銅山」を競売にかけ、同郷人である岡田平蔵に買い取らせた。
そして「従四位・井上馨所有」という高札を掲げさせ「尾去沢銅山」の私物化を図った。
村井茂兵衛は司法省にこの一件を訴え、あまりにも無茶苦茶なやり方を知った司法卿・江藤新平は調査を行った上で井上馨の逮捕を求めた。
しかし、長州閥の抵抗で逮捕とはならず、井上馨の辞職のみで事件は幕を閉じることとなった。
長州閥の井上馨は、岩倉遣欧使節団に同行し日本を離れた大蔵卿・大久保利通の代理として西郷隆盛と国家の財政を取り仕切っていた。
しかし、井上馨は緊縮財政の方針を示し、司法改革などを訴える司法卿・江藤新平らの予算要求を拒絶して怒りを買っていた。
そんな中、発覚した「尾去沢銅山事件」によって井上馨は厳しい追求を受けて辞職に追い込まれたのであった。
西郷どん(せごどん)あらすじ
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